郷土史研究と生涯現役社会。

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17日から19日まで小田原・足柄地域の六つの歴史団体が開成町民センターで合同の発表展示会を開催しました。2年ごとの開催で今回で3回目です。

来場者は、550人でした。それぞれの団体ともに展示内容に工夫を凝らし力を入れてました。南足柄市の足柄史談会は先のアジア・太平洋戦争をテーマにしていました。

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南足柄市内山と呼ばれる丘陵地帯にかつて旧海軍の研究所があり、ロケット燃料などの機密研究していました。研究所長が知人の関係者であることを教えてもらいました。

恥ずかしいことですが研究所の存在も知りませんでした。ましてや知人と縁のある方がトップだったことは驚きでした。足元の歴史をもっと知らないといけません。

この地域には戦時中、外国人捕虜の収容所もありました。地域全体の戦争中の歴史をきちんと残し伝えていくことは極めて大切なことです。

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私も参加している足柄の歴史再発見クラブは、足柄平野の800ヘクタールの水田を潤す農業用水、「文命用水」について研究発表していました。

戦国時代が終わり徳川の時代になり足柄平野を流れる酒匂川には、堤防が築かれ、川筋が一本にまとめられました。小田原藩主、大久保忠世、忠隣親子の大工事でした。

1707年の富士山の大噴火で壊滅的打撃を受けました。田中丘隅、蓑笠之助親子の20年の治水事業により復旧することが出来ました。

1923年の関東大震災で酒匂川から取り入れていた水門は破壊されました。復旧に合わせて水路を統合して現在の「文命用水」を建設しました。

発電所を誘致して新たな農業用水の建設とセットで整備を進めました。近隣の紡績工場の電力を確保するとともに資金の調達も同時に狙った知恵だと思います。

しかし発電所の建設は水田耕作に影響を与えるのではないかという懸念から強い反対運動が起き神奈川県庁に反対派の農民が押し掛ける事件も発生しました。

完工は1933年でした。この工事は右岸側のみでしたが左岸にも水を引く工事が行われ1937年に完成しました。関東大震災から14年経過していました。

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右岸側の工事の完成を祝う記念式典の写真が展示されていました。当時の村長らとともに私の祖父も写っていました。地域の代表としてでした。

農業にとって水は命です。農業用水をめぐる歴史はどの地域も激しい対立のドラマがあります。対立を乗り越えて今日があります。

郷土史の研究は現役を退いた皆さんが主力です。皆さん元気はつらつとしてます。目的を持って調査をし発表することが活力を与えていると思います。

個人の元気の源になるだけではありません。まちづくりに郷土史は欠かせません。足元の歴史の探求に基づいて地に根差した政策を展開できます。

郷土史に取り組むことで元気になりまちづくりに貢献できるのですから一石二鳥です。いくつになっても学び、まちづくりに役立つ存在でいる。生きる張りあいが出ます。

超高齢社会に対応するには、生涯現役社会の発想が有効です。高齢者でも大活躍できる分野はあります。郷土史研究はその典型です。挑戦して欲しいです。