有能な行政職員気質が災いした真鶴町松本町長の失職

真鶴町の松本一彦町長に対するリコールが成立し町長は失職しました。
住民投票の投票率は60%近くでした。
2204票対1378票という結果もリコール派の圧勝です。

松本町長は完敗でした。
次の町長選には出馬しないと表明しました。
そういわざるを得ない状況に追い込まれたということだと思います。

おととしの10月に松本町長が有権者名簿を持ち出していたことが発覚しました。
職員時代のことだとはいえ名簿をその後の選挙に利用していた事実は重いです。
この時の身の処し方が影響を与えました。

松本町長は職を辞するか否かで揺れました。
辞職決断を内々にしていながら記者会見で翻しました。
生きるか死ぬかの決断を下しておいて変えるのはトップの資質が問われます。

その後辞職し12月の出直し町長選で勝利しました。
出足の揺らぎは再選を果たした後も尾を引きました。
開き直れません。
議会から足元を見られ徹底的に攻撃されました。
坂を下る速度は増していき失職となりました。

松本町長は2020年9月の町長選で現職町長を破り圧勝しました。
3年で失意の中でその座を降りました。
この悲劇を眺めていると首長と行政職員の違いをまざまざと感じます。
松本町長は徹底して行政職員でした。
しかも極めて有能な。

方向が定まった事業を創意工夫して頑張るタイプです。
しかし政治家たる首長は方向性を決める側です。
この全く異なる任務だという認識が不足してました。
頭では理解していても行動に至らなかったのかもしれません。

反対派と丁々発止やり合うことは有能な行政職員気質の松本町長には無理でした。
つらい日々を送ったと思います。
けじめがついたのですから身体を休めて欲しいです。

『江戸時代神奈川の100人』という本が有隣堂から出版されてます。
98人とふたつの集団が紹介されています。
集団のひとつは真鶴の石工集団です。
江戸時代真鶴特産の小松石がいかに有名だったかを証明してます。

しかし今は神奈川県唯一の過疎地域です。
江戸時代に名を轟かせた石材業も苦境です。
発想を変えて反転攻勢をかける時です。
豊かな自然を守り経済の活性化を図る大きな構想を打ち出せるかです。
町長選挙で建設的な論戦を期待します。