日本にはびこる指導者の無責任の根っこを問う
「明治」という国家と「昭和」という国家があったとの歴史観があります。
国民的作家の司馬遼太郎さんの見方です。
明治には希望があり昭和には軍国主義の暗い影が覆います。
希望から暗黒へ、なぜ日本は転落の道を歩んでしまったのか司馬さんは問い続けました。
日本は「昭和」という国家の壊滅の総括する機会が中途半端なままやり過ごしました。
GHQの占領政策で戦前はまるごと悪とされ特に軍部が標的となりました。
明治維新から1945年8月までの光と影を公平に見ることを妨げてます。
1990年代初めのバブル経済の崩壊から失われた30年と言われ低迷が続いてます。
国民は危機を自分事として受け止めることなく責任転嫁が横行してます。
政治は飴玉をまき国民の歓心を買うことに一生懸命です。
「昭和」という国家の壊滅の時に戦争責任を総括しなかったつけが出ています。
指導者たちの責任感覚があいまいで責任を取らなくてもという意識を引きずっています。
昭和天皇の最晩年の記録によれば戦争責任について苦悩されていたことは明らかです。
新憲法とともに退位されるのが筋だったと思います。
昭和天皇が責任を取って退位していれば戦後の日本に一本の筋が通りました。
政治指導者たちに大いなる緊張感を植え付けたのは間違いありません。
指導者たちの責任感の欠如は国家が危機に瀕した時に弊害を生みます。
日本は落日の経済大国です。
国内総生産はドイツに抜かれ4位です。1人当たりの国内総生産は世界34位です。
日本の進路を再検討すべき時期にあるのに本気で動こうとしません。
バラマキ政策は責任ある行動と次元が異なります。
指導者たちは自らの地位を守ることに汲々としてます。
責任感の欠如は強い感染力を持ちます。
ワクチンとなり得るのは責任感のある政治を見せつけることです。
目に見える範囲の地域政治で実践するのが効果的です。
やればできるという成功実例を積み重ね全国に広げていくしかありません。