今こそ見つめ直すべき禹王の治水

中国の治水神禹王(うおう)の生まれ故郷とされる中国中央部の河南省。
中国第2の大河黄河が流れます。

中国の歴史書、司馬遷の『史記』によれば4千年前に初の王朝が誕生しました。
夏王朝です。

初代皇帝が禹王です。
偉大の大をつけて大禹と称されます。


河南省で治水を担当する水利庁の庁長ら5人が9日視察に見えました。
依頼があり3時間ほど応対しました。

禹王の遺跡を見たいということでした。
瀬戸屋敷で昼食を摂ったあと南足柄市の福澤神社に案内しました。

1707年の富士山の大噴火後の洪水の治水工事のあと祀られたのは中国の治水神禹王です。
禹王碑の前で庁長らと意見交換しました。

明治になりヨーロッパの技術が導入され治水は近代化されました。
戦後は利水のためダム建設が進みました。

酒匂川水系も同じ経緯を辿り安全度は高まりました。
ところが想定を超える集中豪雨が頻発してます。

禹王の治水哲学は洪水時に水を食い止めるのではなく流すことに注力することです。
この考え方は現代において再評価されると述べました。

水利庁長も同感だと述べていました。
河南省で2021年7月に発生した大洪水の経験を語ってました。

時間雨量が220ミリに達したということです。
千年に一度の大洪水ともいわれてます。

水利庁長は今後も起こり得ると述べてました。
減災の発想が重要だと強調してました。

気候変動に伴う集中豪雨は世界的現象です。
世界で現代の禹王が求められていますねと問いかけたら笑顔でうなづいてました。


堤防を意図的に切ってあるかすみ堤を案内しました。
洪水時に一時的に遊水地にするという意図を説明したら中国でも存在するとのことです。


水防施設の展示場所で水勢を防ぐ「聖牛(せいぎゅう)」を見てもらいました。
中国・四川省の治水施設に同種の道具があることをすぐに理解してました。


日本と中国との治水の関係の深さを再認識しました。
禹王の治水の現代的義を見つめ直すことにつながります。

 

記事

前の記事

熊本に続け!