東日本大震災15年~私の3・11~
中島みゆきさんの「十年」。
十年は長い月日か 短い日々か
恋する者には 無きに等しい
想いだけが ただ咲いていた
月日の長短は物理的な時間ではありません。
思いが強ければ昨日のことのように思い出されます。
3・11から15年です。
痛みを今なお心に抱えている方にとっては15年は一瞬です。
私にとっての3・11の記憶も鮮烈です。
情景がすぐ思い出されます。
節目ですの改めて書かせていただきます。
神奈川県知事選挙の出馬記者会見の日でした。
場所は衆議院議員会館の一室でした。
集まっていたマスコミ各社の記者と雑談をしていました。
突如議員会館が大きく揺れました。
テレビではマグニチュード9と報じてました。
記者会見は中止、記者たちが一斉に散りました。
町長在職中だった私は開成町役場に電話しました。
開成町では被害がないことを確認しました。
議員会館のエレベーターは止まり歩いて下に降りました。
新橋駅まで歩こうと思いつき駅まで行きました。
駅前広場は帰宅困難者であふれ街頭テレビには押し寄せる津波の映像が流れてました。
電車は動いていませんでした。
交番に飛び込み身分を明かし緊急電話を借用して役場に現状報告しました。
再び歩いて永田町に戻り神奈川県東京事務所で一晩明かしました。
開成町を出た町長車は渋滞で到着しません。
明け方になり運転再開した小田急線で戻ることができました。
町長室に入ったのは業務開始前の8時頃でした。
私の3・11は東京で大災害を体験しただけではありません。
県知事選戦略がすべて押し流された運命の分かれ道の日でもありました。

