天皇陛下、退位された後は、京都にお戻りになられたらいかがでしょうか。
天皇陛下のご意向に異を唱えることは勇気が要ります、生前退位には懸念があるとの保守派の論調もいつの間にか声が小さくなってしまいました。
有力保守政治家の中では、現役最長老の代議士、亀井静香衆議院議員は、依然としてその考えを堅持し各方面に持論を訴えています。孤軍奮闘の趣です。
亀井氏によれば、生前退位を認めることは、退く天皇の恣意が紛れ込む危険性があることを懸念しています。天皇の都合で退位が行われてしまうということです。
私も同意見です。当初、天皇の退位のご意向が報道された際には、天皇が熟慮した末の結論であるのならばご意向を尊重せざるを得ないかなと思いました。
昨年11月、天皇が長野県阿智村の満蒙開拓団の平和記念館を訪問されその感想を昨年末の誕生日に際してのお言葉の中に盛り込まれたことから考え方を変えました。
満蒙開拓団の記念館への訪問は天皇の明らかな価値観の表明です。満蒙開拓団の悲劇をめぐっては見解の相違が厳然として存在しています。
悲劇は紛れもない事実です。記念館を設立した有志の方々は満蒙開拓団は、旧満州に配置されていた関東軍の身勝手な行動によって犠牲になったとの怨念があります。
一方で、私の父親がそのひとりですが日ソ不可侵条約を一方的に破って満洲国へ侵攻してきたソビエト軍を阻止しようと勇猛果敢に戦った事実もあります。
満蒙開拓団の悲劇とソビエトとの国境で身を挺し進行を食い止め時間を稼ごうとした戦士たちの行動はともに歴史的事実として公平に扱われるべきです。
天皇は平和を尊び慰霊の旅を真摯に継続されていることは良く判ります。しかし、価値観が分かれている場所へのご訪問は一方的だとの批判も招きかねません。
日本国憲法は、天皇は象徴であると規定しています。象徴には意思はありません。内閣の助言と承認の下で行われる国事行為以外は想定していないのが原則です。
しかし天皇は自らの意思により、災害の被災地や戦没者の慰霊を続けられています。この任務が多忙で年齢や健康上、耐えられないというのが生前退位の理由です。
これは憲法を厳密に解釈するとおかしなことになります。意思がないはずなのに自らの意思で業務が多忙となり次の世代に譲るというのは筋が通りません。
業務を減らしたり皇太子や他の皇族を代理に立てれば軽減化できます。天皇の意思で政治が動くことは避けるというのが歴史の教訓ではなかったでしょうか。
保守派の沈黙も気になりますが、共産党から反発が出ないのも不思議です。天皇が国を動かすことに最も敏感なのは共産党のはずですが…。
政府は、現天皇一代限りという妥協で折り合いをつけようとしています。本質的な議論を封印して全会一致を演出しようと試みているのでしょう。
その思惑は成功しつつあるようですが課題も残ります。天皇は退位されたらどこに住まわれるのでしょうか。そのお立場はどうなるのでしょうか。
私は、現天皇が退位された後は、政治の都、東京から文化の都、京都に戻られ、皇族の一員として日本文化を守る活動に力を注いで欲しいと願ってます。