65年余の私の人生で最大の痛恨事は何かと問われれば即座に県知事選挙で敗れたことと答えます。

2011年4月の県知事選挙で黒岩知事にダブルスコア以上の票差で敗れました。ふがいなさが今でもこみ上げます。

黒岩知事が圧倒的な立派な県政を展開していれば敵ながらあっぱれと言うことになります。

その逆の場合はなぜ敗れてしまったのか自分を責めることになり痛みは更に痛切なものとなります。

先週23日の神奈川新聞の2面に黒岩県政が10年となったのを受けてインタビュー記事が掲載されました。

「『いのち輝く』を掲げてきた神奈川で起きてしまったのは痛恨の極み。」と黒岩知事は語ってました。

2016年7月26日未明に知的障がい者福祉施設津久井やまゆり園で45人が殺傷される凄惨な事件が発生しました。

黒岩知事の発言はこの事件を受けてのものです。この発言には明らかに欺瞞があります。

元職員の犯行で死者は19人に上り戦後最悪の大量殺人事件となりました。既に死刑が確定してます。

この異常な事件に直面した黒岩知事は、直後に10日間の夏休みを取っているのです。

県立の施設で起きたのです。その最高責任者が夏休み!。誰だって目をむくはずです。

事件から間もなく5年。夏休みを取ったことなんてどこ吹く風で痛恨の極みと振り返っているのです。

こうした発言を繰り返しているのでしょう。厳しくいさめる人がいないとすると裸の王様です。

黒岩知事に今少し誠実さがあれば事件直後に休暇を取った浅はかさの方に痛恨の念を向けるはずです。

反省のかけらもなく痛恨の極みと言われても少なくとも私は平静な気持ちで受け止めることはできません。

黒岩知事を知事に押し上げた中心人物のひとりは菅総理です。当時は自民党神奈川県連会長でした。

松沢知事が都知事選挙転出を表明した後の県知事選挙でした。菅さんは最初私に声をかけてきました。

政府の地方分権改革推進委員会の委員に開成町長だった私を抜擢してくれた時以来の信頼関係を踏まえてです。

それに加え共に梶山静六さんから薫陶を受けたという共通点があることもあったかもしれません。

候補者の人選の途中で黒岩さんの名前が浮上し菅さんは私のはしごを外し黒岩さんに乗り換えました。

菅さんから「好感度抜群の候補者が挙がってきた」と電話で説明を受けました。誰だかわかりませんでした。

元フジテレビキャスターの黒岩さんだと後で知りました。私は菅さんに下りるようなふりをして逆らいました。

水面下で嫌らしい手を使う菅さんのような政治家に膝を屈したとなれば露木家の名誉に関わるからです。

総理として激務をこなす菅さんにインタビュー記事を読む時間的余裕があったかどうかはわかりません。

是非とも目を通し自ら推した知事の責任感と言葉の軽重の程度を認識する材料として欲しいです。

強固な選挙体制を組み黒岩知事を誕生させたのですから推した側にも責任が伴うことは言うまでもないからです。