司法に光明が差してきた

2014年に話題になった本に『絶望の裁判所』という講談社新書があります。元裁判官が書いたものです。

最高裁判所の意向を常に意識し全国各地の裁判官は行動しているという告発の書でした。

流行の言葉で言えば忖度です。正義を貫くのが裁判官のはずですがそれは幻想に過ぎないというのです。

司法の世界のことです。裁判官に限ったことではなく検事にもこうした傾向はあると見なければなりません。

昨年注目を集めた東京高検の黒川検事長の定年延長問題が検察の世界に巣くう闇の世界を垣間見せました。

当時の安倍政権は黒川検事長の定年を延長までして検察トップの検事総長に据えようとしたと報じられてます。

黒川氏が新聞記者とかけマージャンをしたことがばれてこの目論見は水泡に帰してしまいました。

ただ時の最高権力者が権力の犯罪を追及する検察庁の人事に手を突っ込もうとした疑いは消えません。

政権に近いとされた黒川氏に代わり林名古屋高検検事長が検事総長に就いて流れが変わったように見えます。

政治権力にき然とした姿勢を示すことに注力しているように見えます。安倍前総理の桜を見る会に手を付けました。

安倍総理自身は不起訴でしたが秘書は略式起訴され前総理が国会で虚偽答弁を繰り返していたことが証明されました。

誰が考えても5千円の会費で赤坂の超一流ホテルで懇親会が開催できるはずがありません。

それなのに安倍前総理は安倍事務所からの補てんはないと言い切ってました。完璧なウソです。

総理が平然と国会でウソをついても許されるという前例は何とか阻止できた格好です。

この検察の捜査に政治権力に屈しないという姿勢という検察の意地を見た思いがしました。

菅原前経産大臣が東京地検特捜部の再捜査で選挙区内に現金を配布していた事実が判明したと報じられました。

刑事処分必至でしょう。検察の政治犯罪への厳しい姿勢がまたもや示された感があります。

検察の動きに触発されたわけではないでしょうが裁判官の世界でも正義を追求する姿勢が見えます。

森友事件の文書改ざん事件でこれまで存在を明言してこなかったファイルの存在を財務省が認めました。

自殺に追い込まれた元財務省職員の妻の主張を踏まえて大阪地裁の裁判官が提出を求めたことが端緒です。

『絶望の裁判所』に書かれた世界の常識とは異なる裁判官の正義を追求する姿勢が事件を動かしたと言えます。

ファイルが公開されれば財務省内でどのように文書改ざんが行われたか詳細が明らかになると期待されます。

司法の使命は正義の追求です。奮闘を願う国民は多いと思います。絶望ではなく希望の光が差してきました。