新型コロナウィルス対応の政治学94~感染症ムラ3~

東京世田谷区の保坂区長が野中広務さんや亀井静香さんが現役なら対応が違っていたと嘆いたことを紹介しました。

この保坂区長の嘆きはどのような政治家が求められているかを考える上で大切な手がかりを与えてくれてます。

私は野中さんには政治記者時代から一貫して薫陶を受けてきました。NHKを辞め野中さんのもとを去りました。

いきなり国政に挑戦しました。しかし夢は果たせず町長に転じ元町長の野中さんの背中を負う形になりました。

町長時代は何度も開成町に足を運んでもらい町民向けに講演をその度にしてもらいました。

県知事選への挑戦とその後の国政選挙においても野中さんには世話になりっぱなしでした。

その野中さんより亀井さんを紹介してもらい最後の国政挑戦では多大なる支援を受けました。

しかし、目的は成就できず野中さん、亀井さんに教えを乞うたものの中でできの悪さは筆頭格です。

ただお2人の謦咳に度々接したことにより政治家としての真骨頂を目の当たりにできたことは幸運です。

それだけに保坂区長が今必要な政治家として野中さんと亀井さんを挙げられたのは理解できます。

お2人に共通するのは政治家として弱者へのまなざしを常に忘れないということです。

理屈ではなく皮膚感覚として弱者が何を求めているかを感じ取ることができるのです。

その皮膚感覚で得たものが時に激烈な言葉に変換され発せられます。頭でっかちではないのです。

原稿なんて要りません。肚でしゃべっているからです。皮膚感覚で得た直観がそのまま言葉になります。

官僚にとってはこうした言葉が怖いのです。自分たちが持ち合わせてない感性から浴びせられるからです。

だからといって官僚を意地悪く責め立てるタイプかというと真逆です。官僚の立場を配慮します。

進むべき方向性さえ示せば日本の官僚は極めて有能だということを熟知しているからです。

自らが発した言葉の全責任はとります。官僚にとって責任を押し付けられ逃げられる心配は皆無です。

逆鱗に触れると跳び上がらんばかりに怒鳴りつけられてもその怒声の裏には愛情があふれています。

相手の面子を潰すことなく凄味を発揮するのです。腕っぷしの強い官僚ほど心酔するのです。

人事で脅していうことを聞かせるなどという官僚操縦術とは全く異質の手法だと言えます。

野中さんが官房長官で亀井さんが厚労大臣ならどうなっているかを想像してみて下さい。

亀井さんは凄味の効いた発言で医系技官を含め「感染症ムラ」を震え上がらせ政策の方向性を決めて行くでしょう。

野中さんは大臣や官僚ににらみを効かせて亀井大臣を側面支援し怒涛のコロナ対策を展開したと確信します。