人生ノート11~地方分権改革推進委員会1~

2007年3月、当時総務大臣だった菅義偉さんから呼ばれ地方分権改革に賭けて欲しいと要請されました。地方分権改革を安倍内閣の看板政策にしてました。

2007年から2010年3月までのまる三年間、地方分権改革漬けの日々を送りました。毎週のように東京に通いました。

 委員長は伊藤忠商事の会長で後に中国大使を務められた丹羽宇一郎さんです。委員には現在東京都知事の猪瀬直樹さんもいました。全部で7人。

私は菅大臣の一本釣りで委員になりました。全国町村会としては会長が町村長の代表として委員に選ばれるものと思ってましたので当初不満たらたらでした。

しかし、そんなことはお構いなしに自由に発言させてもらいました。開成町での町づくりの実績が自信の背景になっていました。

人口が増えて、子供の数が増えて、小学校が新たにできるような町はそうはありません。環境を大切にした計画的な町づくりの成果です。胸を張れます。

中央省庁のそうそうたる高級官僚の皆さんと議論を繰り広げることができたのも大きな財産となりました。現場を知っていれば対抗できます。

全国を調査で回れたのも良かったです。私は地方が自立する気概を持たなければ地方分権改革はできないというのが持論です。与えられるものではありません。

しかし、全国の自治体の大方の姿勢はおねだり的な考え方が大きいように感じました。政府にお手当してもらおうという発想です。

この意識を改めて自ら権限と財源を国と交渉して獲得する姿勢がないといけないと思います。この姿勢はまだ改まっていないと思います。