東京オリパラ2020を象徴するスローガンがふたつありました。ひとつは復興五輪です。

もうひとつは「おもてなし」です。新型コロナはふたつのスローガンの意義を無くしました。

ほぼ全ての競技が無観客開催となり福島もそれに倣いました。復興の現場を示す場が消滅しました。

そもそも最初から欺瞞がありました。オリパラ誘致の際に当時の安倍総理は実体を糊塗しました。

原発事故後の福島の実情に関連して「アンダーコントロール」と断言して安全を強調しました。

明らかにウソです。その後福島第一原発敷地内に保管された汚染水は保管場所での許容量の限界に近づきました。

遂に海洋投棄を決断せざるを得ない状況に追い込まれました。「アンダーコントロール」ではなかったのです。

私は海洋投棄自体は止む得ぬ判断として容認します。しかし実態をウソで塗り固める姿勢には憤りを覚えます。

新型コロナは無観客という結果となり、福島の偽りの実態を逆に世界に示した格好になりました。

無観客となれば人流は動きません。国内外におもてなしの心を届けたくても場がありません。

特に海外のお客さんがいないので海外との交流に知恵を絞っていた地域は発表の機会を失いました。

ITを駆使してバーチャルな環境の中で交流を探るしかありません。おもてなしは不完全燃焼です。

復興五輪もおもてなしの心を伝えることもできないとなると東京オリパラの意義をどう見い出したらよいか難儀です。

「例え無観客であったとしても、アスリートの感動を世界に届けることは大事だと思います。」

「世界が団結をした象徴としてこの難局を乗り越えることができる。そうしたことを世界に発信する。」

「前の東京大会の時に初めてパラリンピック大会という名称が使われました。歴史的なことだった。」

「心のバリアフリー、そうした精神を世界に発信するこの点も重要なことだと思います。」

菅総理は以上のように東京オリパラの意義を強調してます。当初の意義はコロナによりどこかに消えました。

菅総理の発言を額面通りに素直に受け取れない方は多いと思います。私もそのひとりです。

新型コロナの感染急拡大は菅総理の美辞麗句を虚しいものにしてしまってます。祭典を喜べません。

来月中旬になっても感染拡大が収束しなければパラリンピックの開催自体が危ぶまれます。

菅総理の発言は実態とのずれが生じ出してます。安全を強弁すればするほど現実とは離れて行きます。

その結果、世論の支持は下落を続け9月の自民党総裁選挙に出馬するとの菅総理の思惑を虚しいものとすることになります。