菅総理の外交レガシー
総理退陣がまじかに迫ってる中で菅総理が訪米しバイデン大統領と会見した時間は10分と報じられました。
通訳を交えての時間ですから軽いあいさつ程度です。あっけない菅外交の幕切れでした。
同じ退陣間際でもドイツのメルケル首相が訪米したとしたらこのような扱いだとは考えられません。
ポストメルケル時代のヨーロッパ連合の行くへについてバイデン大統領はじっくり耳を傾けたはずです。
アメリカの戦略遂行にとってその人物が重要と考えれば時間を割くしそうでないならばせいぜい儀礼です。
日本は、日米豪印の4か国による連携の枠組みにかんだという名目上の役割のために舞台に上げられたようなものです。
アメリカにとって菅総理が必要だったのではなく日本の総理大臣がいさえすればよかったのだと思います。
目的は対中国をにらんでインドを巻き込むことにあったのは間違いありません。日本は刺身のつまです。
菅総理は対米重視路線を徹底してきた自負もあるのでそれ相当の応対を期待していたのではないでしょうか。
ところがドライなアメリカは退陣目前の菅総理に対する関心は消え失せ自国の戦略のみがありました。
コロナ禍の中でバイデン大統領が初めて個別に面談したのは自分だったとの自負を菅総理は持っていたはずです。
これがアメリカという国の実態です。去るものへの恩情などというセンチメンタルな感情はありません。
アメリカが日本にとっての最重要の同盟国であることは当然です。しかしアメリカを過信してはなりません。
その時の諸情勢でアメリカの対応は変わります。自国の戦略を重視して強引に押し付けてきます。
米英豪の安保の枠組みの創設に伴ってオーストラリアから原潜契約を破棄されたフランスが最新の格好の事例です。
アメリカの原潜の技術が提供されるのですからアメリカの意向が働いたのはほぼ間違いないところです。
フランスに対するアメリカのやり口を見ていて私は1972年のニクソン訪中を思い出してしまいました。
キッシンジャー補佐官の忍者外交により敵視していた中国との関係改善に一気に動きました。
日本の佐藤総理は寝耳に水です。アメリカを信じ中国との関係改善に慎重だったのです。
はしごを外してでも自国の戦略を優先するというアメリカという国の体質を断じて忘れてはなりません。
菅総理は本人は決して認めないでしょうが最後に軽視されたというのははしごを外されたのと一緒です。
喜び勇んで出かけた訪米の成果は菅総理が身をもってアメリカという国の本質を照らす鏡となったことです。
最後にアメリカという国の本質を国民に見せました。菅外交のレガシーと言って良いと思います。