二宮尊徳を学ぶ小旅行1

13,14日の2日間、栃木県真岡市、日光市を訪問しました。二宮尊徳の業績を辿る小旅行でした。

二宮尊徳は報徳仕法と呼ばれる農村再興策を最初に始めたのは下野の国桜町領現在の栃木県真岡市でした。

1823年から実に26年間、二宮尊徳は桜町の再興に精魂傾け成果を上げ報徳仕法の基本を作りました。

二宮尊徳は1856年に没しました。最期の仕法地となったのは日光でした。幕府の直轄地です。

日光のふたつの村でモデル的な農村再興策を展開している途中でこの世を去り長男と弟子が受け継ぎました。

尊徳の命日は新暦の11月17日。直前にゆかりの地に立つことができたことになり感慨深かったです。

主催したのは世界のための日本のこころセンターという団体です。日本人が身に着けるべき教養を追求してます。

元通産省(現経済産業省)のエリート官僚だった土居征夫さんが立ち上げ今年から自啓共創と名付けた塾を開講してます。

20代から50代まで50人余りの塾生が古代からの日本の歴史をたどりながら日本人の新しい教養を探ってます。

土居さんがその柱と考えている人物が二宮尊徳です。今回の小旅行で尊徳の原点を知ろうとしました。

参加者は10人足らずの少人数でしたのでじっくり学ぶことができ充実の2日間でした。

初日は二宮尊徳が拠点とした陣屋などを見学した後、不肖私が講師となって首長の視点から見た尊徳を話しました。

バリバリの経営者やサラリーマンの方々にお伝えしたかったのはただ一点です。実践の人だということです。

薪を背負って本を読むけなげな少年二宮金次郎のイメージを脱することを求めました。

この二宮金次郎イメージは明治以降後世の人たちによって意図的に作り出されたものだからです。

少年金次郎ではなく大人になったリアルな尊徳のすごみを知ることで現代の教訓となると確信してます。

尊徳自ら廻村と呼ばれる徹底した現地調査を行い、それに基づいて綿密な長期計画を立案したこと。

とりわけ財政計画は入念にたてたこと。農民自らが納得し行動することを基本としたこと。

富国安民という大目標のもと小さな成功実例を着実に積み上げる漸進主義的な手法を取ったこと。

決して精神主義の方でもなく道徳家でもありません。道徳と経済のバランスを重視したこと。

そして実践を何より重んじて実行したひとであること。尊徳にとって全ては実践のための手段なのです。

日本は、地方創生のスローガンばかりが叫ばれながらも道半ばです。こうした中で二宮尊徳を学ぶ意義は大きいです。

民衆の生活を安定させることで国を富ますという方針のもとで農村再興を実際にやり遂げたからです。

 

 

 

 

 

 

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