20世紀初めにかけて活躍したフランスの作家マルセル・プルーストの代表作に『失われた時を求めて』があります。

偉そうにこんな書き出しで筆を執ると読者の方はきっと読んだはずだと思ってしまいます。

ウィキペディアに日本語で400字詰め原稿用紙1万枚とあります。ギネスブックに載る長編です。

フランス文学に全く不案内の私が読み込める代物ではありません。タイトルに惹かれているだけです。

私の人生において世情がどんな雰囲気だったのか全く記憶が辿れない期間があります。

1979年4月にNHKの記者になったあたりから徐々に記憶が薄れ始め政治部勤務の1985年8月から8年間は飛んでます。

もっとひどいのは政治家になろうと会社を辞めた1993年8月から町長になるまでの4年半です。

経済的な不安を抱えながら来る日も来る日も支援を求めて辻説法と戸別訪問の日々でした。

世間がどんなことに関心を持っているのかに思いを馳せる余裕は全くなかったのです。

何か手掛かりがないかと探し求めるのですが思い出せません。コロナ禍で視聴した音楽番組が手引きとなりました。

耳の奥にメロディーはかすかに残っているのです。音楽と映像を見て追体験をさせてもらってます。

1981年に発売された大滝詠一さんの「ロングバケーション」というアルバムがあります。

今も絶大な人気を誇っていて累計販売枚数が300万枚越えというメガヒットアルバムです。

CDとして世界で最初に発売されたアルバムの1枚でもあります。NHKBSプレミアムの特番で仕入れた知識です。

「君は天然色」「幸せな結末」を聴いてかすかな記憶が呼び覚まされました。聞いた覚えがあります。

バブル経済に突入する前、ジャパンアズナンバーワンと日本が言われた時代の直前でした。

私とほぼ同世代の若者たちが憧れたおしゃれさが詰まったようなさわやかな曲で改めてファンになりました。

殺伐とした記者の世界にどっぷりつかっていた当時の私にとって別の人生を歩ませてくれるかのようです。

しかし、もがき苦しんでいた90年代は感覚が異なります。なかなか記憶が呼び覚まされないのです。

自分の行く末がどうなるかわからないという不安の渦に巻き込まれていた日々でした。

音楽は殺伐とした心を癒すとは言われます。しかしかすかでも心に余裕がないと入って来ないのだと思います。

人間としては鍛えられた時期でしたが人生の潤いという意味では渇水期そのものでとげとげしかったです。

1998年2月に町長という立場を得た後は、音楽の記憶が同時によみがえります。不思議なものです。