満州国と現代中国

中国共産党が一党支配する中華人民共和国にとって旧満州国の歴史は”黒歴史”の最たるものです。

歴史から消すべき時代という歴史認識から「偽満州国」という言い方がなされています。

日本陸軍きっての英才のひとり関東軍参謀の石原莞爾により綿密に練られた満州事変がきっかけでした。

1931年9月18日奉天近郊を走る南満州鉄道で線路爆発が起きたのを口実に日本陸軍は中国東北部を制圧しました。

日本陸軍の謀略でした。事件はでっち上げだったのですから中国が歴史を封印したくなるのはわかります。

日本は清朝最後の皇帝溥儀を担ぎ満州国の建国を仕掛け翌年の3月1日新国家の樹立を宣言しました。

今日は建国記念日にあたります。90年です。満州国が掲げたスローガンは「王道楽土」「五族共和」です。

五族とは満州族、漢民族、蒙古族、朝鮮族、大和民族です。互いを尊重し共和を目指しました。

日本はこのイデオロギーの延長線上に大東亜共栄圏を想起しアジア地域全体へと勢力の拡張を目論みました。

しかし満州国の実態は日本の経済的軍事的進出の橋頭保であって理想とかけ離れていました。

1945年8月大日本帝国は第2次大戦に敗れ崩壊しました。満州国は消滅しました。

満州国へのソビエト軍の侵攻で入植者の集団自決や残留孤児の悲劇を生みました。

以上のような満州国の辿った歴史を振り返ると現代中国との相似性が浮かび上がります。

満州国が掲げた「王道楽土」は習近平政権が掲げる経済大国としての「共同富裕」に相通じるものを感じます。

みんなで豊かになろうと理想を掲げているのです。矛盾を糊塗しバラ色の夢を語っているような趣があります。

習近平政権の「中華民族共同体」は漢民族を中心とした共同体意識を涵養するもので「五族共和」とそっくりです。

現代中国の大国家戦略、偉大なる中華民族の復興と一帯一路政策は大東亜共栄圏の拡大バージョンです。

東アジアからヨーロッパまでを含んだ大中華共栄圏を生み出すというのですからスケールが大きいです。

中国の方針に従わないとひどい目に合います。チベット、新疆ウィグル、香港、そして台湾も危ういです。

中国の強権姿勢は海外への脱出者を生みます。弾圧を恐れ家族らとのつながりを断たざるを得ない人もいます。

現代中国建国の父孫文は戦前の日本に「西欧覇道の手先となるのか」と強権姿勢を批判しました。

覇権主義的傾向を強めている習近平政権に対し孫文は同じ言葉を投げかけるに違いないと思えてなりません。

習近平政権は満州国を存在しなかった歴史だと封印するのではなく反面教師として学ぶ勇気を持つべきです。

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