1987年の8月当時の民社党委員長の塚本三郎さんのソビエト(現ロシア)外遊に同行しました。

帰国前ソビエトのレニングラード(現サンクトぺテルブルグ)からフィンランドに向かいました。

首都ヘルシンキまで列車で移動しました。両国が地続きであることを実感しました。

ソビエトと長い国境線を接するフィンランドが中立政策を堅持せざるを得なかった地理的環境です。

サンクトペテルブルグ出身のプーチン大統領の侵略戦争がフィンランドの態度を一変させました。

NATO=北大西洋条約機構への加入申請を決断しました。スウェーデンも検討中です。

第2次世界大戦後イギリスのチャーチルがアメリカで有名な演説をしました。

鉄のカーテン演説です。ヨーロッパを西側陣営と東側陣営とに分かつ象徴的言葉でした。

東西冷戦の時代は1991年のソビエト連邦の崩壊で終止符を打たれました。

東側諸国がNATOに加入するNATOの東方拡大の時代がやってきたのです。

現在のNATO加盟国は30か国。フィンランドとスウェーデンが加われば32か国です。

70年前の冷戦時代に戻り第3次世界大戦前夜のような感覚を覚えます。

ロシア一国相手の包囲網のように見えますがロシアは豊富な地下資源と食料を持つ大国です。

日本はヨーロッパの安全保障環境の激変を前に新たな安全保障戦略を組み立てなければなりません。

私が気がかりなのは中国の海洋進出や北朝鮮の核開発に囚われた議論ばかりがまん延していることです。

プーチン大統領は西側をロシアという祖国を攻撃する敵国と位置付けています。

ロシアの安全保障戦略に逆らうものは容赦しないと言っているに等しいです。

これに対し日本は平和憲法のもとで専守防衛を基本方針として掲げてきました。

専守防衛のみでは国土を守れない場合や領土外の紛争に備え日米安保体制が用意されました。

2015年の安全保障関連法の成立でアメリカとの共同軍事作戦の遂行の基盤を強化しました。

昨今の日本の安全保障の流れは中国の覇権主義的傾向を念頭においた戦略見直しでした。

ところがまるで冷戦時代に逆戻りしたかのようにロシアが仮想敵国として急浮上しました。

中国の海洋進出や北朝鮮の核開発も重大な安全保障上の懸念事項です。

しかしロシアのようにあからさまな軍事行動に直ちに出るとは想定できません。

日本の安全保障を考える上での順番に変化が生じていることをより議論すべきだと思います。

ロシアに対して脇を甘くすることは危険です。フィンランドを見習うべきです。

ロシアに対する幻想を捨て再び北の守りを強化する方句へ舵を切ることを要請したいです。