湯河原町の最恐女子町議の謝罪

2000年6月議会で私は専決処分を行い議会の反発により補正予算案を否決されました。

交流があった宮城県田尻町で大量のオーストラリア産レンガが廃棄されると聞きました。

もったいないと思い引き取ることに町長独断で決めました。運搬代金を専決したのです。

百数十万円だと記憶してます。議会軽視だと猛反発を受けました。

当時の私はイケイケどんどん向かうところ敵なしみたいな町政運営でした。

神様は見てます。調子に乗るなとお灸をすえられたとしか言いようがないタイミングでした。

開き直ることを止めて議会に陳謝しました。専決処分のルールも策定しました。

議会との関係は決定的にならずつなぎとめることができました。非を認めたからです。

23日の神奈川新聞が昨年9月の真鶴町議選に絡み有権者名簿の流失があったと報じました。

木村勇町議の応援をしていた湯河原町の土屋由希子町議が名簿を写メしたのです。

手書きで記載することは問題ありませんが撮影は禁じられていました。

「名簿流失」との見出しだと松本一彦町長がらみの問題と関連があるのかと身構えました。

全く別問題でした。それでもルールを破って名簿を撮影したことは事実です。

私が最恐女子と名付けている土屋町議のことだから開き直っているのか気になりました。

SNS上で謝罪文を載せていました。完璧な謝罪でした。潔さを感じたほどです。

強弁して自己弁護しても始まらないと覚悟を決めたのだと思いました。

この姿勢ならば様々な局面で叩かれても謝罪の姿勢を堅持し応対するはずと思いました。

その後軽率な行為で責任を痛感しているとの内容の会見を動画で配信しました。

途中、自分のふがいなさがやるせなかったのでしょう。涙ぐむ一幕もありました。

誹謗中傷めいたコメントも寄せられたようですが耐えて質問に答えていました。

針のむしろ状態が続くと思いますが説明責任を果たすのが責務です。

動画会見で進退の質問に議員の地位にこだわらないと語っていました。

湯河原町民の多くが辞めろということならばという前提条件がついてました。

幅広い意見を聴いて慎重に決める事柄です。早計に判断は禁物です。

土屋町議は怒濤の進撃を続けてきました。反省の機会を与えられました。

最恐女子に厳しい試練です。私は土屋町議の再起を確信し応援し続けます。

有権者名簿の撮影が判明した経緯が不自然です。スパイ映画みたいです。

木村町議のパソコンの画面を写真撮影し不正の証拠としたとのことです。

誰かが木村町議の自宅に侵入しパソコンを開いたのでしょうか謎です。

こちらも解明が必要です。不正な方法で証拠を得た可能性があるからです。

 

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