25日は久しぶりの快晴でした。関東大震災遺跡の調査を行いました。

案内役は元筑波大教授で土砂崩れの専門家の西本晴男でした。お名前が良かったです。

台風接近で実施できるかどうか危ぶまれました。「晴男」が天気を味方につけました。

万々歳とは行きませんでした。訪れたのが真鶴町と小田原市の根府川地域です。

急峻な坂道が続き汗が噴き出ました。運動不足の私には格好のトレーニングでした。

関東大震災遺跡の保存は思いを受け継いでいるかどうかで大きく異なります。

遺跡を後世に伝えなければならないとの意識が高ければ今でも美しく保存されています。

真鶴町岩にある寺院の瀧門寺は大震災の歴史を伝えることに留意されてます。

住職が町の文化財保護委員を務めるなど歴史遺跡に造詣が深いことも理由のひとつです。

本堂の屋根はかやぶきでした。1923年の関東大震災を耐え抜いた建造物です。

傷跡が残されてました。本堂の屋根を支える柱やはりに微妙な隙間ができていました。

杉戸は地震で壊れてしまいましたがたまたまはめてなかったものは無事で今も利用してます。

寺院のすぐ裏には滝が流れていました。大震災で水が枯れて流れなくなりました。

住職から当時の滝の様子を写した写真のコピーを見せてもらいました。

真鶴小学校は教師と生徒が犠牲になってます。一角に震災記念碑が建てられてました。

校舎が倒壊し出火し職員4人が焼死、帰宅していた児童10数人も犠牲になったと記されてます。

1929年建立です。9月1日が慰霊の日です。式典が行われた形跡はありませんでした。

周囲は雑草が茂ってました。学校として記念碑の意義を再認識して欲しいと感じました。

JR根府川駅の駅舎内には関東大震災の犠牲者を追悼する慰霊碑があります。

震災50周年に当たる1973年に根府川駅員一同によって建てられました。

清掃されて花も供えられていました。恐らく小規模な慰霊祭が営まれたのだと思います。

根府川駅は東海道本線ですが無人駅です。鉄道関係者が守っていられるのでしょう。

駅から歩いてほどなく岩泉寺という寺院があり大震災の慰霊碑があります。

檀家に犠牲者が数多く出たはずです。震災から99年経過してもきれいに守られていました。

根府川駅と小糸川の高低差は60メートルです。現地調査しないと雰囲気がつかめません。

ここを土石流が襲い列車を海に押し流したと思うとその激しさにすくみます。

下り列車109人、上り列車8人、駅舎とホームの22人が犠牲になりました。

このほかにも地域の住民が289人地滑りで犠牲になってます。合掌です。