幕末維新の志士たちは「狂」の一文字をつけて名乗っていました。

高杉晋作は「東洋一狂生」木戸孝允は「干令狂夫」山県有朋は「狂介」。

彼らは幕藩体制を倒し天皇を中心とする明治新政府を樹立し時代の画期をもたらしました。

「狂」が時代の歯車を回したと言えます。「狂」のエネルギ―を見せつけました。

「狂」であっても大衆が身にまとうとこれは厄介なことになります。

NHKETV特集で昨年亡くなった半藤一利さんの代表作を取り上げ掘り下げていました。

日本が無条件降伏受諾を決定する一日を描いた『日本のいちばん長い日』です。

軍部は最後まで徹底抗戦を主張しました。昭和天皇の裁断で降伏が決まりました。

軍部は天皇制を守れるかどうかも分からすに白旗を挙げることに異を唱えていました。

天皇制の護持と自らの存在意義を同一化し狂信的な主張を貫いたのです。

番組ではこうした軍部の主張と同時に大衆の「熱狂」にも焦点を当てていました。

大衆の「熱狂」が戦争へと駆り立てた日本の過ちの背景にあるとの見方でした。

戦争を防ぐためには大衆の「熱狂」を防ぐことが必要だと半藤さんは考えていました。

半藤さんが少数意見を大切にすることの意義を強調していた理由はここにあります。

番組を視て熱狂が進路を誤らせるのは戦争だけではないと思いました。

今年は日中国交正常化50周年です。半世紀前の国交回復の熱狂が思い返されます。

当時高校2年生だった私は国交正常化が絶対善と言わんばかりの空気感を覚えています。

中国と友好関係を結ぶこと自体は好ましいことですが急ぎ過ぎたとの疑念があります。

ニクソン大統領訪中で日本は頭越しに米中関係の正常化の動きを見せつけられました。

1972年2月のことです。日本はアメリカの仕打ちに逆上したかのように怒濤の動きでした。

これが台湾問題の不明確さを生じさせたのではないかと思えてなりません。

中国と国交正常化することがひとつの中国を認めるという総論は理解できます。

しかしいかなる手段を用いて台湾との統一を図ろうとも内政問題との理屈は容認できません。

台湾の民意を尊重し平和的に進められるべきとの大前提は譲れません。

国交正常化を急ぐあまり大原則があいまいにされたまま国交正常化が進みました。

自民党タカ派の国交正常化反対論者も国民の熱狂的な歓迎ムードに押されたと思います。

中国は現在習近平主席の一極体制が確立し強権支配国家として存在感を見せつけてます。

台湾は内政問題とのかたくなな態度は一貫してます。議論になりません。

熱狂に負けて走ったつけを払わされているとの認識を持つ必要があると思います。