追悼・瀬戸屋敷当主瀬戸洋子さん


開成町のランドマークはかやぶき屋根の古民家瀬戸屋敷です。
2005年5月開成町政50周年記念事業として再生を果たしました。
瀬戸家は開成町の穀倉地帯金井島地域の名主の家です。
1955年2月開成町が誕生した時の初代町長は瀬戸家の当主の瀬戸格(いたる)さんでした。
格さんのご長男が早世し奥様がひとりで屋敷を切り盛りしていました。
その洋子さんが今月97歳で亡くなられました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
老衰による大往生だったということです。

瀬戸屋敷の再生は多くの方々に一方ならぬお世話になり実現しました。
まずは瀬戸家の全面協力です。
1800坪の家屋敷全て町に寄付いただきました。
条件は瀬戸家の名を後世に残すことが第一でした。
それと家を守っていた洋子さんの住まいを用意することでした。
瀬戸屋敷の隣接地に倉庫を兼ねた住居を用意し管理のお手伝いをしてもらいました。
洋子さんの協力が無ければ円滑な運営はできませんでした。

屋敷と土蔵は荒れ果てていました。
修復するのに4億4千万円かかりました。
特にかやぶき屋根の再生は手間がかかりました。
当時の神奈川県知事の岡崎洋さんの全面バックアップを受けました。
都市と農村の交流拠点という位置づけで農水省から補助を受けることができました。

担当職員に支えられました。
瀬戸公雄課長が再生事業を一手に引き受け獅子奮迅の働きでした。
瀬戸さんの思いは後輩職員に受け継がれました。
初代館長の川澄暹(のぼる)さんの情熱もものすごかったです。
川澄さんの真心のこもった運営は屋敷のDNAとなりました。
みんなのわが家というネーミングは川澄さんの発案です。

瀬戸屋敷は現在は民間企業が指定管理者となってます。
民間企業のノウハウの活用は正解でした。
私が町長を退任した後のことでしたが当時の副町長の小澤均さんが決断しました。
瀬戸屋敷がおしゃれになりました。
今月上旬までひな祭りで賑わってました。
来場者はコロナ前を上回ったとのことです。民間企業のアイデアが活きています。


開成町は5月から山神裕新町政です。
瀬戸屋敷が開成町のランドマークとしてさらに発信拠点となることを期待してます。
大いに活用されることは亡くなられた瀬戸洋子さんへのはなむけになります。
世界を視野に入れたアイデアを考えて欲しいです。
かやぶき屋根の古民家は世界があこがれる施設だと確信します。
あっと驚く世界的著名人を招きその名を轟かせてほしいです。