中ロの間隙を突く外交を期待する

中ロ接近が伝えられます。
欧米や日本の経済制裁下にあるロシアとしては中国への接近は当然です。
苦境を支えてもらうためには中国の経済力は絶対的存在です。
あわよくば武器援助もというところでしょう。

中国はロシアほど切迫性がありません。
米中対立が背景にあるとはいえ立ち位置は微妙です。
背景を探る必要があります。

中露間の領土問題は2004年に確定したとされます。
胡錦涛主席とプーチン大統領によってです。

150年続いた領土をめぐる中国の怨念が簡単に水に流せるとは思えません。
清朝末期に中国はシベリア東部や沿海州を強奪されたに等しいです。
1960
年代は中ソ国境紛争も起きてます。
中国共産党や中国東北部の民衆に怨念が刷り込まれていると見ることも可能です。

早瀬利之さんの『満州国境線の旅』を読んではっとさせられた記述があります。
この本はすでにブログで紹介しました。
旧満州とソ連との国境の町孫呉の現状が紹介してあります。
軍人だった父が旧ソビエト軍の猛攻をしのいだ拠点です。

「江東六十四屯事件」という帝政ロシア時代の蛮行を初めて知りました。
1900
年列強の進出に苦しむ中国国内で排外主義的な反乱が起きました。義和団事件です。
満州支配をねらっていた帝政ロシアはこの機に乗じて侵略を進めました。
黒竜江沿いの江東六十四屯と呼ばれる清国人居留民で惨劇が起こりました。
25千人が虐殺されたと言われてます。

帝政ロシアの中国進出で締結された条約に愛軍(あいぐん)条約があります。
1853
年のこの条約で黒竜江(アムール川)左岸がロシア領に編入されました。
早川さんによればロシア国境に近くに愛軍条約資料館があるとのことです。
中国は屈辱を忘れていません。

習近平国家主席は中華民族の偉大なる復興を前面に掲げています。
南シナ海を中国の海にしようと海洋進出を強めています。
広大な領土を保有した清朝の領土復活を目論んでいるかのようです。
その清朝時代に帝政ロシアに強奪されたに等しいロシアの領土が目と鼻の先にあります。

旧日本軍の侵略を糾弾し続ける中国がロシアは別だと思っているはずありません。
屈辱をいつの日か晴らそうと得意の気の長さで狙っていても不思議ではありません。
中ロ接近も一皮めくれば怨念渦巻く情念が残存していると見た方が良いと思います。

狐とタヌキの化かし合いに巻き込まれない態度が必要です。
中ロ両国から一定の間合いを取り隙あらば突いで欲しいです。