「予定調和」に終始した原発処理水の海洋放出

「予定調和」という言葉があります。
概ねそうした方向に動くと想定できる範囲内に落ち着くことです。
出来レースとまでは行かないものの納得感に欠けます。

官僚が書いた台本に沿って動くと「予定調和」の色彩が色濃くなりがちです。
想定する範囲にドラマを押し込めよう管理しようとするからです。
責任を負わされるのは避けたいからです。
どう転ぶかわからない勝負の要素は盛り込めません。

福島第一原発の処理水の海洋放出をめぐる経緯は「予定調和」でした。
国民の関心を一気に高めるような真剣勝負の場面はなく放出が実行されました。
台本に沿って粛々と進め理解が進んでいることを見せる狙いを感じました。

地元漁業関係者にとってはなりわいをかけた問題です。
他に方策がないのでここが落としどころと言われても納得できる訳がありません。
最高責任者である岸田総理が現地で対峙する場があって当然です。
最終局面で福島原発を訪問した際に地元漁師たちとの面談はありませんでした。
現場では反発が強く、会談を行う環境が整わなかったのだと推測します。
総理大臣官邸で全国漁連の会長らと面談し放出を決断する根拠としました。

放出は一昨年の4月菅前総理が決めました。
菅総理は不人気な政策決断を引き受けました。
9月に総理を引き継いだ岸田さんは前任者の思いをもっと深刻に受け止めるべきです。
この問題は官僚や大臣レベルで対処できる問題ではありません。
トップどうしが膝詰めで話し合ってようやく光明が見い出せるかどうかという難題です。

総理就任後、いちはやく岸田総理は動き出すべきでした。
岸田総理は官僚が書いた「予定調和」の台本に沿った動きから一歩も外に出ませんでした。
事務当局の折衝から西村大臣へそして岸田総理の登場で一定の理解の獲得。
岸田総理、最後の最後まで官僚が用意した文面を読む姿勢は変わりませんでした。
自分の言葉で理解を求めるのではなく儀式をこなすかのようでした。

漁業関係者から“一定”の理解を得たといっても信頼感は築けていません。
底の浅い一方的な思いと言われてしまえばそれまでです。
岸田総理に本物の政治家らしい捨て身の行動がなかったことのツケだと思います。

海洋放出は止む得ないと思います。
そうであるからこそ本気で理解を求めなくてはならないはずです。
理解が得られない場合は総理を辞める覚悟が必要です。
岸田総理からはその気迫は伝わりません。
処理水問題は尾を引くことになります。