災害記憶の伝え方の落とし穴

災害記憶を伝える際に落とし穴があります。
47都道府県と1718市町村の枠をはめてしまうことです。

自然は行政区画とは全く別物です。
山も川も海も連なってます。

人間が勝手に都道府県だとか市町村だとかに分けているだけです。
災害がバラバラに記憶され全体像は見えなくなりがちです。

昨年は関東大震災から100年でした。
犠牲者が10万5千人という大災害を振り返る催しが相次ぎました。

関東大震災と言えば東京両国の陸軍被服廠(ひふくしょう…軍服製造工場)跡の悲劇です。
避難者が火炎に襲われ3万8千人が亡くなりました。

衝撃的な災難があると関心がそこに向いてしまうのは止む得ません。
関東大震災と聞くと火災と反応してしまいます。

火災の被害がとりわけ悲惨であったことはわかりますが全体像は全く異なります。
思い込みは災害の全体像を見る際の障害になります。

内閣府のホームページで関東大震災の津波について「見過ごされがちですが」と最初に書かれてました。
津波による被害の影が薄いことを認めています。

NHKによると津波の全体像が解明されたのは震災100年の昨年のことです。
東北大学の研究グループが初めて津波を再現するシミュレーション画像を公開しました。

火災の延焼の精密な研究などに比べて研究自体も遅れていました。
相対的に被害が小さかった影響があります。

津波は相模湾や房総半島に襲来し被害は鎌倉で死者が100人を超えました。
静岡県伊東市116人熱海市100人神奈川県真鶴町11人小田原市20人となってます。

ここで注意が必要なのは伊豆半島の伊東から小田原まで隣接し連なっていることです。
たまたま県が分かれているに過ぎません。

しかし記憶の継承は県ごと自治体ごとの傾向が強いです。
一帯の地域として記憶が共有されていないのは問題です。

静岡県、神奈川県ではなく相模湾の西部地域として捉える必要があります。
そうでないと実態に即した記憶の継承は困難です。