3・11から14年の日に思うこと

14年前神奈川県知事選に敗れた後3・11の救援ボランティアに参加しました。
5月10日から16日まで行先は宮城県名取市でした。

閖上(ゆりあげ)地区が壊滅的な打撃を受け建物はほぼ消えていました。
少し内陸に入った地区の建物に流れ込んだ土砂をかき出す作業をしました。

救援現場のヒーローは重機を使いこなす若き土木職人でした。
廃材を除けてくれ作業が格段にはかどりました。

体力不足で役立たずの私にも出番がありました。
今後のまちづくりについて被災者たちが話し合う場面では私の町長体験が活きました。

被災者たちは早い段階から将来を考えて意見交換を始めていました。
現場体験のある人間が関わる仕組みがあればその後の展開が変わったかもしれません。

一般の住民に区画整理事業といった都市計画のことを話してもわかるはずはありません。
専門知識と実体験のある人間がわかりやすく解説してようやくイメージがわきます。

首長など実務経験者と大学の研究者がタッグを組めれば最強の布陣となります。
残念ながらそういった仕組みはありませんでした。

夢の復興を求めて進めたものの人口減少に直面しままならない現状が問題視されてます。
研究者の中には現状復興を目指すこと自体を問題視する見解もあります。

研究者がこんな評論をしているようでは被災者は立つ瀬がありません。
現地で悪戦苦闘している研究者ではないのでしょう。

いちばんの問題点は早い段階で大まかな構想を共有できないことです。
目指す方向が固まらず夢ばかりが積み上げられれば無駄な投資になるに決まっています。

3・11の被災地で目の当たりにしているのはこの景色です。
放置すれば人気のない寂しい地域へと衰退が続きます。

もう一度根本から議論のし直しが必要です。
とりわけ津波に続き山火事に襲われた大船渡市は待ったなしです。

危急存亡の時だからこそ英知を結集することが可能です。
地に足が着いた再建計画を打ち立てて欲しいです。