(写真は、御巣鷹山の慰霊碑 ウィキペディアより)

昨晩、フジテレビが日航ジャンボ機の御巣鷹山への墜落事故の特集番組を放送していました。夕飯時でしたが、目を離せませんでした。力作でした。

既に何度も述べていることですが、1985年8月12日のこの事故は私にとっては忘れられない事故です。NHK政治部へ赴任した日のことでした。

政治部の新人は、最初、総理大臣官邸の総理大臣番に配属されます。いかめしい役職ですが、やることは総理大臣の後を追いかけ回しやり取りをすることです。

当時のNHKの総理大臣官邸のキャップは、五つ子のお父さんの山下頼充さんでした。夜7時のニュースが終わったら新人の歓迎会をすることになっていました。

ニュース直前に飛び込んできたのが524人が乗った日航ジャンボ機が行方不明になったという緊急情報です。右も左もわからないまま官邸内を走り回りました。

総理大臣官邸には情報が続々と入ってきます。先輩記者が書いたメモを総理大臣官邸内のNHKのデスクに届ける走りが主な任務でした。

中曽根総理大臣は、当時軽井沢に静養中でしたが急きょ総理大臣公邸に戻ることになりました。徹夜で情報を取ってひたすら送り届けていました。

番組では、フジテレビが入手した交信記録のテープを最新の音響技術を使って解析しこれまで不明だったやり取り、爆発音の回数を分析していました。

爆発音は3回で飛行機の後部の圧力隔壁、垂直尾翼、更に飛行機の最後部と三回に分けて破壊が拡大していったことが音で証明されていました。

番組では、危機的な状況に陥った飛行機の操縦室や客室でのやり取りを流していました。操縦クルーの必死の努力の様子や客室乗務員の仕事ぶりが判ります。

機長は山に激突する寸前まで頑張れ頑張れとスタッフを励まし続けていました。責任感の塊のように思いました。客室乗務員の冷静さにも胸が打たれました。

また、番組では生存者や救出にあたった自衛隊員や消防団員のインタビューに基づいて再現ドラマを流していました。機内の極限状況が迫ってきました。

救出は、奇跡の救出劇でした。沢を登り救出に向かった地元消防団員が機体の残骸を発見しそこから手が出てきて生存者を発見したことが再現されていました。

遺族の30年も追いかけていました。夫が犠牲になったひとりの妻が、紹介されていました。遺品の中にあった子どもをよろしくとの夫のメモが生きる糧でした。

残された息子の結婚式でこれで肩の荷が下りたと語っている結婚式のビデオが流されていました。隣りに立つ息子が懸命に涙をこらえていました。

過去の出来事だとはいえ遺族にとっては水に流せる記憶ではありません。しかし、どこかでけじめをつけないと過去に囚われ本当に前を向くことができません。

息子の結婚式で一つのけじめをつけたように私には見えました。その妻の姿に凛とした決心のようなものが伝わってきて神々しさを感じました。

きょうは8月13日、お盆の入りの日です。犠牲者の皆さまのご冥福と残された遺族の心が癒されることを心よりお祈りします(合掌)。