毎週楽しみにしているNHK大河ドラマの軍師官兵衛。秀吉が関白となり権力の頂点の座に座ったところから官兵衛との間に隙間風が吹いてきました。

頂点に立つと大将は自分なんだから何でも決められると勘違いが始まります。本気でその地位に押し上げてくれた人たちの諫言が耳に入らなくなります。

軍師官兵衛では、家康との間合いをめぐって秀吉と官兵衛との意見の対立がありました。官兵衛の意見を取り入れて秀吉はいったんは自らの意見を収めました。

しかし、わだかまりは残っていたのだと思います。昨晩の放送では、官兵衛が領地の拡大を望まないことを「私利私欲の無い者は恐ろしい。」と揶揄しました。

ナレーションでも、秀吉と官兵衛との間に溝ができたことを伝えていました。この後、秀吉は、栄耀栄華を極めますが同時に豊臣家の転落の種を撒き出します。

権力には魔物が潜んでいます。権力を目指して力を合わせている間は魔物は姿を現しません。権力を持った途端に悪魔が顔を出します。

私にも経験があります。町長の座についたとたんに組織のトップに座る訳です。時代が違いますのでひれ伏す訳ではありませんが発する言葉に従う人が大勢出ます。

聖人でもない限り自分の意見がさっと通るのは快感です。これで自分の理想を実現できると胸が高鳴ります。私も町長になった途端に前のめりになりました。

落とし穴があります。言うことを聴かない連中は弾き飛ばすことがある程度可能です。怒鳴り散らしても表面上は文句を言われません。

私の場合は、付き合いののお酒を飲み過ぎて身体を壊してしまいました。二週間近く入院する羽目になりました。町長になって2年10か月でした。

お酒を一切止めて、早起きして、早朝から役場に出勤して勉強し直すことから再スタートをしました。生活のリズムを整えることから始めました。

権力の持つ魔物を退治するにはまずは生活であることは言うまでもありません。しかし、それだけでは全く不十分です。権力自体を規制する仕組みが必要です。

議会もその一つです。議会からのきちんとした意見に耳を傾けることは魔物を抑えるとても有効な手立てだと思います。住民との対話集会もそうでしょう。

でも権力はダイレクトに規制しなくてはなりません。自治基本条例はそうした役目を担うものと位置付け直すことが大切だと思います。権力を規制するルールです。

この基本的な構図を間違えると自治基本条例が、権力を持つ者が自由に踊るため議会や住民を支配する手段と化してしまうことも無きにしも非ずです。

国家権力となると町長とは比べること自体がバカバカしくなるほど絶大です。片時も権力という魔物と対峙しているという覚悟を忘れることはできません。

気を許せばあっという間に晩年の秀吉になってしまい国策を誤ります。だからこそ強力な権力の規制装置といえるルールが必要なのだと思います。

国家権力を規制するルールは、言うまでもなく憲法です。日本国憲法には、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という人類の英知の結晶が盛り込まれています。

権力者は、その普遍性を深く認識し自らを律する糧として位置付けませんと瞬く間に権力の魔物に絡め取られます。国策を誤る方向に踏み出す危険性があります。