酒匂川流域で天変地異の時代に備える。

(画像は、国土交通省より)

木曽の御岳山で噴火が起きました。登山客が巻き込まれ十数名が重症ということです。行方不明の方もいられます。

先月相次いだ短時間の集中豪雨といい気象災害が続いています。3・11以降天変地異による災害列島の様相を呈していると感じます。

昨晩、足柄の歴史再発見クラブの定例会がありました。顧問の大脇良夫さんから松田山の土砂崩れに対し警戒を怠ってはならないと提言がありました。

大脇さんが松田100年史などに基づいて1937年の7月16日に河難沢で発生した土砂崩れについて発表しました。

雨量は15日310ミリ、前後3日間で520ミリでした。大被害をもたらした広島県北部の集中豪雨が7時間で245ミリでした。

先月の広島県北部の雨量まではいかなくても想像を絶する雨量です。過去にこれだけの豪雨があったことを忘れてはなりません。

土砂崩れで大量の土砂が御殿場線の線路に押し寄せました。松田町で全壊が18棟、半壊が544棟でした。小田急線も不通になりました。

松田町に隣接する中山間地の寄村でも全壊が14棟、半壊が100棟だったということです。大変な大災害です。

このような大被害をもたらす場所であるから地名は「河難沢」という名前が付いていたのだと思います。「河南沢」にしたのは…。

1937年といえば7月7日に日中戦争が始まった年です。軍事的に騒然とした雰囲気の中で松田町は大災害に直面しました。

お隣の山北町や南足柄市内でも大きな土砂崩れが発生しました。翌年の1938年7月には開成町側の堤防が崩れる水害が発生しました。

土砂崩れや水害が続き、中国大陸では戦争も始まり地域の住民の皆さんは不安感に苦しんだことと思います。教訓にしなければなりません。

大脇さんは酒匂川流域全体で集中豪雨を始めとする災害に備える必要があると注意喚起していました。全くその通りです。

酒匂川は源流は静岡県で中流域から神奈川県です。下流の小田原市と上流の御殿場市、小山町との連携、ハードルがあります。

行政区域の壁を乗り越えるためには住民の力が必要です。万が一の時に苦しむのは住民です。住民側から連携の動きを強める必要があります。

酒匂川流域の自然環境の保全を図るための活動を続けている酒匂川流域ネットワーク会議という住民組織があります。

こうした会議を母体にして関心のある住民が集まって流域全体の防災を考える時代です。天変地異の時代に備えは待ったなしです。