新国立競技場完成イメージ

(画像は新国立競技場 日本スポーツ振興センターホームページより)

昭和30年、1955年生まれの私は、1964年の東京オリンピックの時、小学校3年生でした。開会式の青空、鮮烈に覚えてます。

小学生の私でも東京オリンピックという出来事が大きな節目だとひしひしと感じました。これで時代が変わるという予感みたいなものです。

実際にその後の日本は大きく様相を変えました。高度成長時代に突き進み、暮らしが豊かになりました。一方で公害を発生させました。

二度に渡るオイルショックを乗り切り1980年代は日本の時代、世界の経済大国になりました。しかし長続きはしませんでした。

バブル経済は破綻し、何度も経済対策が繰り出されましたが高度成長期のような日本全体が沸き起こる状況は取り戻せません。

地域間の経済格差が大きく広がり東京一極集中が改めて問題になりました。資本主義の金融化が進み中心地の東京に富が集中します。

東京オリンピックから50年、再び東京オリンピックがやってくることが決まりました。大きく社会情勢は変わっています。

50年前は政府がみんなで豊かになろうと旗を振って結集できました。今度は、そんなに単純な構図ではありません。

政府系の地方創生会議が盛んに人口減社会への備えを訴えています。判り易く言えば右肩上がりから右肩下がりの時代への転換です。

国造りの方向を大転換しなくてはならないことは間違いありません。2020年東京オリンピックがそのシンボルとなり得るのかどうかです。

高度成長の夢を再びとはさすがに思っていないでしょうが、似たり寄ったりの開発志向では先行きが思いやられるというか破滅します。

8万人収容の新国立競技場を1600億円余りを投入して建設します。右肩上がりの発想から本当に脱却しているかどうかです。

このような巨大施設を建設する意味があるとすれば、万が一の大災害の時の避難地として活用できることに主眼を置くことです。

決まって走り出していることにいちゃもんをつけたくはありません。しかし、基本コンセプトだけはしっかりしてもらいたいものです。

基本は防災と環境に資するかどうかです。その上でユニバーサルデザインの都市としてこの際に生まれ変わらせて欲しいです。

東京は超危険都市です。3・11で巨大地震災害の破壊力は思い知ったはずです。オリンピック開催中には発生しない保障は全くありません。

イザという時に本当に大丈夫な都市のデザインにすることは当然でしょう。幸いに期間中に発生しなくても後々役立ちます。

少しでも緑を増やして欲しいです。できれば宮脇昭方式でふるさとの樹木を植えて欲しいです。防災対策として一番シンプルです。

東京は高齢者の激増地です。人口に占める率は低くても母数が巨大ですので高齢者の都市と言っても良いと思います。

オリンピックの施設整備を通じて高齢者の住みやすい都市へと変貌を遂げることができるのかどうかは大問題です。

2020年にどんな姿の東京になっているか、現状では懸念の方が強いです。未来を先取りした都市大改造を期待したいのですが…。