(画像は琉球新報より 沖縄県知事選挙立候補4氏)

今日、沖縄県知事選挙が告示されます。在日アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設を巡って県民の意思が問われます。

昨日の神奈川大学の地域政治論で沖縄と福島二つの県知事選挙の違いについて講義しました。熱い選挙と静かな選挙好対照です。

哲学者の高橋哲哉さんは沖縄と福島両方を「犠牲にシステム」と位置付けています。沖縄は在日アメリカ軍基地で福島は原発でです。

在日アメリカ軍基地の74パーセントを国土面積の0.6パーセントの沖縄が負担しています。町の80パーセント以上が基地という町もあります。

一方福島は、東北電力管内でありながら浜通り地域に東京電力の原発10基を受け入れています。首都圏に電力を供給していました。

福島県の一部が首都圏の利益のために切り取られ電力エネルギー供給基地になっていたと言って良いと思います。

沖縄、福島ともにリスクは全て現地に押し付けられています。沖縄では米軍ヘリの墜落がありました。福島では、3・11の過酷事故です。

高橋哲哉さんはこのような状況を「犠牲のシステム」と評しました。確かに指摘通りの構図が存在すると私も思います。

ではなぜ福島の県知事選挙は静かに終わり、沖縄の県知事選挙は熱くなっているのかです。その原因は過去の歴史にあると思います。

福島県は原発を無理矢理押し付けられたのではなく県や市町村の積極的な誘致の動きがあったことはまぎれもない事実です。

地域振興のために破格の補助金の存在が魅力的でした。立命館大学の大島堅一さんの試算では、モデル的なケースで45年間で1240億円です。

しかし、原発は過酷事故が起きれば取り返しがつかないシステムです。原発の安全神話は脆くも崩れ事故は現実のものとなりました。

福島は原発を受け入れたことにより国も東電も巻き込んで運命共同体みたいな構造となって原発を中心に回っていた側面があります。

この構図がある限り極端な対立は起きにくいです。原発依存の地域経済という共通の土俵に乗ってしまい身動きが取れないからです。

沖縄も基地受け入れと引き換えに破格の補助金が交付されます。しかし基地反対の動きは収まりません。広がってます。

沖縄は先の太平洋戦争で日本で唯一地上戦が行われました。戦後はアメリカ軍に占領されその間に強制的に土地収用が断行されました。

この痛烈な過去が沖縄県民の心から消えるはずがありません。この底流に加えて事故やアメリカ軍兵士による事件が加わります。

傷口に塩をすり込むみたいなものです。そして決定的なのは民主党の鳩山政権時代に普天間基地は最低でも県外という総理発言です。

これで沖縄県民の期待は大きく膨らみました。しかしものの見事に裏切られ自民党政権になってから元の路線に戻ってしまいました。

ここまでコケにするのかという感情が飛び出すのは当然です。これが沖縄の県知事選挙の熱さの背景だと思います。

静かな福島県知事選挙から沖縄県知事選挙の戦いへと移ります。どのような結果が出ようと民意を尊重することが民主主義の基本です。