(鹿児島県川内原発 九電ホームページより)

鹿児島県薩摩川内市の川内原発1、2号機の再稼働について鹿児島県知事が同意しました。年明けにも再稼働と伝えられています。

急ピッチの展開です。原発に関わる地元自治体とは、立地している自治体に限定し周辺の自治体の同意は求めない姿勢が明確になりました。

事故の際の避難計画は30キロ圏内の自治体に及びます。しかし再稼働をするかどうかの対象とはなりませんでした。矛盾です。

広域自治体である鹿児島県が全体を判断するという理屈なのでしょうが、これでは対象地域を一気に広げ過ぎてしまい議論を薄めさせます。

今年5月福井地裁が画期的判決を出しています。原発事故は人の人格を奪うものだと位置付け大飯原発3、4号機の再稼働の差し止めを命じました。

一審判決とはいえ司法判断の重みは大きいと言わざるを得ません。判決は被害が及ぶ広範囲の人々の人格権を守る立場の考えを示しています。

原発の大事故が立地自治体のみで限定されることはあり得ません。福島第一原発の事故の惨状を見れば一目瞭然です。

原発立地自治体以外が被害を蒙り避難を余儀なくされています。飯舘村などが典型的な事例です。なぜ立地自治体に限定するのか理解できません。

原発に近接する自治体の同意となるとこれは手続きに手間がかかりすぎ原発再稼働が果たせないための措置と見られても仕方ありません。

薩摩川内市長と市議会の責任はとてつもなく重いです。周辺自治体のリスクを代わりに負えないのに決断を下したわけですから。

更に後々の世代へもリスクを背負わせることになります。地元自治体、特に首長が人としての良心に従って慎重姿勢を示して欲しかったです。

日本火山学会が11月3日に火山噴火の予知が困難であることを警告しています。いついかなる時に爆発するか現代科学では見通せません。

御嶽山の噴火は格好の事例です。詳細な観測をすれば仮に可能だとしてもそれだけの観測システムを作り上げることが前提となります。

このまま再稼働へとなだれ込んでしまうのかと思うとやるせない気持ちでいっぱいになります。なぜなのかという気持ちが消えません。

地元自治体の住民や周辺自治体の住民で原告団を結成して福井のように訴訟を起こすことは考えられないのでしょうか。

地元首長の良心に期待できなかったのですから今度は司法の場で論理で争ってもらうのが一番です。福井と同様の判決が出ないとは限りません。

福島第一原発事故であれだけの大災害を起こしながら再稼働を急ぐ神経が私には理解不能です。目先の経済の問題ではありません。

日本の将来を大きく左右する一大問題です。原発再稼働は、本来ならば徹底議論して論点をより明確にし国民投票で決定すべき課題です。

それなのに再稼働は急ぐし、原発の輸出は進めるし、いったい全体この国はどちらの方向に走っているのかと暗たんたる気持ちになります。

安倍政権が進める地方創生と原発は密接不可分です。原発依存型の地方は地方創生をもたらすかが問われています。私はできないと考えます。