沖縄の民意に寄り添う
(在日米軍普天間飛行場 ウィキペディアより)
昨今の政治の動きの中で眉をひそめるというか、王道から外れているのではないかと思わざるを得ないのは、政府・自民党の沖縄への対応です。
昨年11月、普天間基地の名護市辺野古への移設反対の翁長雄志知事が誕生しました。10万票の大差で現職の仲井眞弘多知事を破りました。
12月の衆議院選挙では沖縄県内の4小選挙区全てで野党候補が勝ち上がり、本土での自民圧勝とは際立った対比を見せました。
日本国内にある在日米軍が自由に使用できる基地のうちの74パーセントが沖縄にあるという現状に対する反発の強さを伺わせます。
これ以上沖縄に米軍基地を押し付けるのかという怒りです。基地問題でずっと差別されてきたという感情が怒りを倍加させています。
2009年民主党の鳩山由紀夫政権が誕生し普天間基地の移設問題に関して「最低でも県外移設」と言い切りました。
実現に向けての手段を検討することなしに発した言葉であったことは、その後の経緯から明らかです。しかし、トップの発言の重みは大きいです。
自民党政権が復活して普天間基地の辺野古移設の方針堅持が鮮明になりました。沖縄の民意は変化を見せませんでした。
翁長知事は、「オール沖縄」というスローガンを掲げて選挙戦を勝ち抜きました。保守も革新もなく沖縄の意思を発していくという精神です。
こうした翁長知事の考え方に対して政府・自民党は県知事選挙前から辺野古への移設は既定路線で知事選で方針が覆されないと一貫しています。
翁長知事は総理大臣や官房長官への表敬訪問を希望しましたが、受け入れられませんでした。自民党に対する予算要望の席上にも呼ばれませんでした。
寒々とした感慨を覚えました。翁長知事は、選挙という民主主義の基本中の基本という試練を経て知事に就任されました。
政府の方針と真っ向から対立しているから面会も拒否するという政治手法が本来のあり方だとは到底思えません。
昨年10月、沖縄問題と日中問題を考えるシンポジウムを横浜で開催しました。沖縄出身の政治学者我部政男さんもパネリストでした。
沖縄は、先の戦争で地上戦が展開され多くの犠牲を強いられた歴史やその後の在日米軍基地の建設の経緯も強引極まりないやり方でした。
こうした歴史を通じて沖縄県民の間には常に犠牲を強いられてきたという本土に対する差別感情が底流を流れていると強調されてました。
こうした感情がある中で選挙で示された民意を力で押さえつけようとした場合、沖縄県民がどう動くかは明らかではないでしょうか。
力には屈しないどころか対立が深まり極端な反発の運動が起きないか懸念します。身を挺して移設を阻止する動きが出てきます。
沖縄の差別感情を軽く見ることは混乱を引き起こします。同じ日本国民同士が激突する事態は避けるのが当然ではないでしょうか。
現状では翁長知事は冷静な対応をされています。地道に沖縄の民意を繰り返し粘り強く訴えていくしかほかに道はないと思います。
民主主義の国を標榜するアメリカに対して働きかけを強化して欲しと思います。大義は沖縄にあります。アメリカの魂を揺さぶれると思います。