富士山噴火とかすみ堤
昨日の午後、足柄の歴史再発見クラブ会長の佐久間俊治さんと一緒に地域の警察署である松田警察署を訪ねました。
山口康博署長にクラブの活動を紹介し、小学生向けの副読本『富士山と酒匂川』の作成の経緯や中身について説明させていただきました。
13日に開成町の消防出初式がありました。来賓各位の挨拶がありました。その中で自由にご自身の言葉で話されていたのが山口署長でした。
出初式が終わった後、山口署長が車に乗ろうとしていました。後ろから「山口署長」と声をかけさせてもらいました。
振り返った山口署長に「前の開成町長の露木順一です。」と言いました。山口署長は「一度会いたかったんです。」と応じられました。
私が町長時代に発刊した『富士山と酒匂川』に深い関心を寄せられていて、「災害に対する備えをする上で参考になる。」と言われました。
また富士山から流れる酒匂川の上流にある中国の治水神・禹王についても相当に調べられている様子でした。
災害は当然だとしても歴史と文化にこれほど関心を示される警察署長さんは、いられないと思い、面談をお願いしました。
山口署長も二つ返事でOKでした。昨日実現しました。驚いたのは『富士山と酒匂川』を購入されていたことです。
冊子には付せんがたくさんついていました。2010年11月に実施した「禹王サミット」の資料集も手元に持っていられました。
佐久間さんや私に対する質問もかなり専門的でたまげました。「なぜ禹王を祀ったのでしょうか。」とポイントを突かれました。
謎なのです。解明されていません。恐らくは徳川時代は、中国の儒教への関心が深く聖王とされる禹王を祀ったのではないかと推測されます。
治水工事を手掛けた田中丘隅が発案をし、荻生徂徠ら当時の超一級の学者に遂行してもらった碑文が残っています。
資金を出した徳川吉宗が具体にどのような関わり方をしたのかは十二分に判っていません。禹王を祀った真の理由は未解明です。
山口署長がズバリと質問されたのは、『富士山と酒匂川』を熟読され問題意識を持っていられたからに違いありません。
私は、治水の問題に話を進めました。大水の時に一時的な遊水地の役割を果たす「かすみ堤」について概要を話しました。
今日想定外のゲリラ豪雨が頻発している時代です。江戸時代のローテクである「かすみ堤」は立派に機能していて役立っていると説明しました。
2010年9月の時の洪水では酒匂川に3カ所残っているかすみ堤は満水となり下流部分の最高水位を下げました。
無理に水を完ぺきに防ごうとするのではなく土手を2重堤防にして切れ目から水が流れるようにする土木技術は現代に応用できます。
富士山の噴火のような大災害が発生し噴火の砂が降り注いだ時は一気に洪水の危険性が高まります。かすみ堤の機能を強化する備えが必要です。
山口署長のお話しですと現在の神奈川県警察本部の本部長は、福島県警察本部長も務められ3・11の被害の実態も熟知しているということでした。
富士山の噴火への備えとして『富士山と酒匂川』をお届けしたいと話しました。既に山口署長が届けられていました。脱帽です。