神奈川大学での地域政治論は沖縄に続いて福島の地域政治について講義を続けてます。沖縄は政府との対立が抜き差しならぬ状況となりました。

政府も対米公約を背景に国策としての普天間基地の辺野古移設を前面に掲げ工事を推し進める構えです。政府の側から法廷闘争に打って出ました。

一方沖縄県も徹底して争う構えです。こちらは沖縄県の民意が主張する力の源泉です。国政、地方を問わず直近の選挙で移設反対の主張が勝利を続けています。

今回の裁判が埋め立て承認手続きをめぐる正当性の判断で終るのか、それとも日米安保体制の推進という国策と沖縄の民意との相克にまで議論が及ぶのかは不明です。

裁判での両者の論争が後者の問題にまで踏み込んで判断する状況になったとすれば日米安保は憲法に優先するか否かという問題に発展します。

沖縄県の翁長知事は在日米軍基地の過度の沖縄への押し付けは沖縄への差別であり人権問題だとしています。憲法で保障された人権を踏みにじっているということです。

また各種選挙で示された沖縄県の住民の意思を無視することは憲法ので保障されている地方自治の本旨に反するか否かという問題にもつながります。

先の安保国会では集団的自衛権の行使容認が憲法に違反するか否かが一大争点になりました。憲法学者の大方は違反するという意見でした。

政府は憲法で認められた個別的な自衛権を補って国民の安全を守るものだとして法案を成立させました。再び沖縄の基地問題で安保と憲法が問われる可能性があります。

そして今度は地方の自己決定権、地方自治という問題が新たに加わります。沖縄の基地問題は、憲法論争を抱えての展開となります。裁判から目が離せません。

福島も国策推進の犠牲になりました。絶対に安全だと言われた原子力発電所が3・11で大事故を起こしました。しかし沖縄のように猛然たる抗議はありません。

福島県の原発立地地域が事故により過去に例を見ない甚大な被害を受けたのです。オール福島で政府の国策推進に対して反発があってもおかしくありません。

沖縄と福島では国策導入の経緯に大きな違いがあります。沖縄は強制的に土地を収用されて基地とされました。福島は自ら原発を誘致しました。

過疎地の振興のために原発を受け入れ原発がもたらす破格の交付金と固定資産税などの税収によって地域経済と自治体財政は成り立ってきました。

原発立地町の歴史を紐解くと原発反対運動の急先鋒だった運動家が町長に転身した後、原発推進へ方針転換をして5機20年の町政を務めた事例もあります。

原発以外に地域振興の術はないとの判断からだったと思いますが、3・11を経た視点で見ると複雑な眼差しを持ってしまうのが正直な気持ちです。

福島は沖縄のように自己決定権を打ち出し政府と対峙するのではなく政府の施策に乗って復興の道を歩む路線です。歴史的な経緯の違いによる選択だと思います。

沖縄と福島、抵抗による自己決定路線と融和による共同歩調路線、国策によって強いられた困難克服の選択は異なりましたが双方とも正念場はこれからです。