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(故・須谷美實さんの叙勲記念パーティ― 2015年3月7日 大井町いこいの村)

足柄消防組合の元消防長の須谷美實さんが逝去されました。65歳でした。今年の3月叙勲祝賀パーティーがありました。叙勲も異例の速さでしたが死去も早過ぎます。

20日、須谷さん死去の知らせを受けて天の計らいを感じました。叙勲は70歳からが一般的です。定年退職後数年での受賞は通常ではあり得ません。

須谷さんの寿命が残りわずかなことを天上の神は知っていて受章を急がせたとしか言いようがありません。これから活躍して欲しかったと残念でなりません。

須谷さんは私が足柄消防組合の組合長の時に消防長に指名しました。南足柄市の防災担当責任者からの移籍でした。須谷さんは名物職員でした。

市職員として24時間足柄地域の防災、防犯にひたすら取り組んでいました。自治会とタイアップして市内全域に防犯組織を立ち上げた行動力はお見事の一言でした。

名前もしゃれていました。歌舞伎になぞらえて「暫(しばらく)金時隊」でした。足柄山の金太郎をイメージさせた印象に残る名前の付け方に舌を巻きました。

消防長に登用するには問題がありました。当時は部長級の職種に2年以上在職していることという国の基準がありました。須谷さんは半年足りませんでした。

私は余人をもって代えがたいという判断から須谷さん登用の方針を変えませんでした。しばらくたってから基準を満たしていないことが表面化しました。

消防は地域の自治の要であり地域の判断で最も相応しいと考える人材を充てるのが本来だと突っ張りました。国の方で基準を改めるきっかけとなりました。

今年の7月の末に須谷さんに連絡しました。富士山の噴火対応の勉強会を立ち上げるための協力依頼でした。二つ返事でした。しかし気になることを言われてました。

体調がすぐれず検査があるので8月の会合は出れるが9月は難しいという話でした。おかしなことを言われるなとは思いましたが深刻には受け止めませんでした。

須谷さんは自分の代わりにということで2人の方を勉強会のメンバーに推薦されました。自らの意見をA4二枚の紙にまとめて届けられました。

意見書の日付は9月23日でした。病院から一時退院の時に届けてくれたのでした。奥様から死去の後伺ったことです。改めて意見書を読み返しました。

須谷さんも酒匂川の治水対応の現状が気がかりでならなかったようです。富士山の噴火が発生したら大変なことになると危機感を持っていたに違いありません。

流域全体で治水対応する体制を整える必要があると書かれてました。そして足柄地域の首長はこのことを国や県に訴えかけていく必要があると熱く語ってます。

県西地域の首長全員は須谷さんの熱い思いを知って欲しいです。須谷さんは足柄地域を防災のモデルにするぐらいの気概を持って欲しいと願ってました。

12月6日に富士山噴火による砂地獄に対応する住民の勉強会を発足させます。須谷さんのいわば遺言に応え行動を起こさないとなりません。頑張ります。