どこへ向かうのか橋下維新改革
先週、朝日新聞大阪本社の記者から電話がありました。橋下徹大阪市長が今週末の18日で任期満了を迎えるのでこれまでの軌跡を振り返りたいということでした。
10日の昼過ぎ神奈川大学の講義の後1時間半ほど取材を受けました。2009年当時地方分権改革の旗手だった橋下徹さんの印象について聞かれました。
内閣府地方分権改革推進委員会でのヒアリングに登場した橋下大阪府知事の印象は鮮烈でした。橋下知事が登場するだけでメディアが殺到しました。
国土交通省と直轄工事の負担金をめぐってやりあっていて公然と異議申し立てをするヒーローでした。橋下知事によって地方分権改革は俄然熱を帯びました。
メディアを味方に付け国土交通相を「ぼったくりバー」だと攻め立てる橋下知事は輝いてました。国の方が折れて負担金の見直し改革が進みました。
橋下知事が言い出さなかったら国土交通省は微動だにしなかったでしょう。国の方がたじたじでした。攻撃の仕方、舌鋒の激しさは橋下知事の独壇場でした。
2009年6月、横浜市の市長だった中田宏さんらと一緒に首長連合を結成しました。橋下知事も参加表明しました。首長連合も全国区となりました。
2009年8月に民主党が衆議院選挙で圧勝しました。首長連合は民主党支持を選挙前に鮮明にしました。橋下知事の割り切りの凄さを感じました。
橋下知事は権力の所在に敏感に反応しました。当時は民主党政権の最高実力者だった小沢一郎氏に接近し目指す政策の実現を求めました。
2010年になると大阪維新の会を立ち上げ大阪都構想を掲げて突進を始めました。2011年11月大阪府知事、大阪市長選のダブル選挙で圧勝しました。
2011年4月の神奈川県知事選に立候補した私は橋下さんの応援を期待した時期もありました。無理でした。負け馬を支持するのは選択肢になかったのだと思います。
橋下さんも大阪都構想を巡って紆余曲折を経て5月に大阪市民の住民投票にこぎ着けました。僅差でしたが敗北しあっさり政界引退を表明しました。
しかし影響力の強さは健在で今年11月の大阪府知事、大阪市長のダブル選挙では維新系が圧勝しました。依然として橋下さんの言動から目が離せません。
しかし橋下さんが市長の座から離れることによる影響はかなり大きいと思います。直接権力を行使するのとしないのでは大違いです。ここが一つのポイントです。
もう一つのポイントは中央政府の権力との間合いの取り方です。安倍政権と親密だと言われています。常に権力の所在を意識する橋下さんらしいアプローチです。
問題は橋下さんが最大の目標としている大阪都構想と中央権力への接近は矛盾が出る可能性があることです。大阪都構想は東京に代わるもう一つの目玉づくりです。
橋下維新改革には東京に対する抵抗、反権力の匂いがあります。だからこそ大阪人の支持を得たのだと思います。中央権力との結託には違和感が出ると思います。
橋下さんの狙いは権力を利用して目的を果たそうというのでしょうが、大阪人の絶対の支持があってこその橋下維新改革です。筋を違えては改革は色あせます。