3・11大津波の復興から日本の病を考える。

慶応大学教授で経済学者の金子勝さんが『日本病』という岩波新書の中でバブル処理の過程で貸し手の責任を厳しく問わないまま事態が推移してきたことを指摘しています。

責任を取らない体質は、日本の病と言っても過言でないほど何度も繰り返し指摘されています。しかし一向に治る気配がありません。むしろひどくなってきています。

昨晩、NHKスペシャル「復興予算26兆円」を観ました。またもや誰が真の責任者であるかあいまいなまま膨大が復興予算が執行されつつあることが紹介されてました。

地域の要望を受け入れてという名目で大規模な宅地移転造成事業が進んでいます。大規模ですので時間がかかります。移転希望者は待ち切れず引っ越します。

水産施設の壊滅的打撃で漁業を続けようとの意欲を持つ人が激減しました。しかし水産業は基幹産業との大前提の元で施設の再生が進められアンバランスが生じてます。

津波から地域を守るための巨大な防潮堤が築かれる一方で守るべき地域は急速に人口減少が進んでいます。極論ですが一体何を守るのかという状況へ陥る恐れがあります。

民間中小企業への一時的な国費の投入で息を吹き返したかに見える土木建設業やホテル業を支えているのは一時的な復興関連事業に注ぎ込まれる巨大なお金です。

きめ細かな福祉を支えているのはNPOであることが番組で紹介されてました。国費から直接支援金の助成を行う仕組みが初めて導入されました。

この種の事業は継続が鍵です。資金が枯渇したら事業が立ち行かなくなり利用者は見捨てられます。一方で巨大な公共事業で無駄が生じ福祉を支える予算が不足しそうです。

無駄をしようとして事業が煤sんでいるのではありません。それぞれの現場では必死にもがきながら取り組んでいます。しかし全体の構図がはっきりしていないのです。

これぞ日本の病と言って現象です。全体のコントロールタワーがどこなのか見えません。国は県だと言い、県は市町村だと言います。市町村は手に負えないと反論します。

民間企業やNPOは目先の資金が欲しいので本来のあるべき姿を訴えるというよりは短期の資金を得ることに一生懸命にならざるを得ません。現場の声も発せられません。

そして巨大なあいまいさが生じます。そこへ一時的な増税までして生み出された巨額な税金が注ぎ込まれます。当初作られた計画に沿って事業は進みます。

仕切り直しは国の政治家が担わなければなりません。超大物国会議員が腰を据えて取り組まない限り壮大な無駄の構造の中で税金の垂れ流し状況が進んでしまいます。

もう一つ県の役割を明確にする必要があります。広域的な地域の調整は県の主たる役割です。この責任を果たさせなければ更に無駄は拡大します。

市町村は国や県の下請けではありません。地域の住民の本当の声をしっかり把握してバラ色に夢を追いかけるのではなく地に足着いた復興を目指す必要があります。

巨大な大津波からの復興は国と県と市町村の関係を根本から見直し、責任の所在を明らかにするチャンスでもあります。ここから逃げていては「日本病」は治りません。

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