人生61年目、二宮尊徳を現代に蘇らせる研究をスタートさせます。

2016-08-31 09-32-52

(沖縄県那覇市立天妃小学校の木製の二宮金次郎像)

今日は61回目の誕生日です。還暦の一年は瞬く間に過ぎました。節目の一年でした。日本大学の三軒茶屋キャンパスに研究室を持ち晴れて大学人になれました。

大学の先生は、一度は体験してみたいと思ってましたので夢がかないました。自宅から2時間でちょっと遠いですが城を持てた喜びには変えられません。

この研究室でしこしこと二宮尊徳の勉強を始め国際二宮尊徳思想学会にも加入しました。8月明治大学で学会が開かれた時には研究発表を生まれて初めてやりました。

二宮尊徳研究の第一人者の東北大学名誉教授、大藤修さんらがいられる前でまちづくりの観点から二宮尊徳論をぶちました。素人だから出来ることだと思います。

タイトルは「現代日本の地方創生と二宮尊徳の報徳仕法」でした。二宮尊徳は道徳家ではなく実践家であるという実像に基づいて論じる重要性を訴えました。

薪を背負って本を読む少年時代の金次郎像の印象があまりに強く困難に打ち勝つ刻苦勉励の人物で立派な道徳訓を世に伝えたというのが二宮尊徳となっています。

確かに少年時代の苦難を切り抜けて成長しました。しかし忍耐力だけではなく冷徹に地域の実情を把握し長期計画で着実に改革を進める実践家でした。

この実像が伝わりません。満州事変以後の日本国家が困難に打ち勝つ理想の人物として二宮尊徳を取り上げたことが実像を伝えにくくしています。

人生61年目はせっかく研究室をいただいたことでもありますので二宮尊徳の実像を伝えるための研究を本格化することをことを最大の眼目とします。

今年8月末から9月初め沖縄県に行き沖縄県の小中学校などに残る二宮金次郎像の基礎的な調査を行いました。沖縄県特有の形態のものもありました。

沖縄県でも戦前の一時期二宮金次郎像が一斉に建立されました。しかし沖縄県では二宮尊徳に対する関心は高くなく実際の活動を知る人は少ないのが実情です。

関心が薄いがゆえに二宮尊徳に対する通俗的な理解のみが広がることになります。実像を探求しようという機運も起きません。上辺の二宮尊徳イメージが定着します。

こうした沖縄県の実情と二宮尊徳の生家のある小田原市や二宮尊徳に対する尊敬の念が今なお強い栃木県日光市や静岡県掛川市の実情とを比較対照したいと思います。

こちらの方は二宮尊徳への関心があり過ぎて二宮尊徳を神格化する傾向があるように思います。こちらも実像から離れた二宮尊徳イメージが定着しがちです。

二宮尊徳に対する関心が最も薄いと見られる沖縄県と最も関心が高い地域との比較対象から二宮尊徳の実像が伝わらない原因をあぶり出そうと思います。

私がなぜ二宮尊徳に拘るのかと言えば二宮尊徳の実践の思想、具体のまちづくりの手法は全て現代の日本の地域創生に必要にして不可欠だと思うからです。

二宮尊徳は現代にどうしても蘇らせなければならない人物だと確信しているからです。人生61年目は二宮尊徳の現代への復活研究をメインに歩むことにしています。