小田原城天守閣木造化をきっかけに旧小田原藩エリアの連携強化を!

時が経つのは早いです。あの3・11から瞬く間に6年となりました。慰霊のサイレンの音とともに黙とうを捧げました。その日の夕刻小田原に出かけました。

正規登城ルート

(小田原城天守閣 小田原市HP)

小田原城天守の木造での復元を目指して活動を続けている「みんなでお城をつくる会」の主催する講演会とトークセッションに参加するためです。

会の取りまとめ役の方より小田原だけでなく足柄上地域も含めてお城の木造化の問題を考えたいので意見を聞かせて欲しいと呼びかけがありました。

わらび座による二宮金次郎のミュージカルの上演に向けて活動を続けているメンバーや若手経営者の会のあしがらJCの有志にも声をかけ一緒に参加しました。

県西地域の中心都市の小田原とはもっと密接な関係を民間レベルで創っていくことが大切だとずっと思っていました。小田原城天守閣の木造化はチャンスです。

小田原市のお城の専門学芸員の方や若干名の小田原市議会議員方の顔は見かけました。しかし小田原市の幹部の方はいませんでした。ひどく残念でした。

「みんなでお城をつくる会」は認定NPO法人となることが出来て寄付した際に税額の控除が出来るようになった節目の会なのにと首を傾げました。

活動を始めてから4年目になります。でも動きがあまり見えません。アヒルの水かき、良く言って牛歩状態に見えます。その大きな要因は小田原市の存在感の薄さです。

加藤憲一市長が、歴史や文化のまちづくりを展開するためには、天守閣の木造化はうってつけのテーマだと思います。是非とも本腰を入れてもらいたいです。

講演は小田原城を始め地域の歴史の生き字引みたいな存在の田代道彌元箱根強羅公園長、お城建築の専門家である工学院大学の後藤治教授でした。

田代さんは地名から旧小田原藩のエリアである足柄地域全体の歴史を概観しました。河川の氾らんによってできた扇状地を示す地名が残っていることなどを紹介しました。

後藤さんは、島根県松江城、山口県岩国市の錦帯橋といった歴史的建造物を核としたまちづくりを紹介しました。歴史的建造物を蘇らすことのわくわく感が伝わりました。

講演の後、トークセッションがあり二宮金次郎のミュージカル足柄公演の実行委員長を務めている山神裕さんが意見を求められて発言しました。

小田原城天守閣の木造化が足柄地域を含めて広域の中でどのような位置付けかをはっきりさせて行くことが大切ではないかという意見を述べました。

私も全く同感です。小田原城天守閣木造化がいくら魅力的であっても小田原市民のためだけであるのならば限定された歴史文化事業となってしまいます。

お城はシンボルですからどのような地域の象徴なのかを考える必要があります。小田原市民のためだけでなく旧小田原藩のつ案が利の象徴として位置付けて欲しいです。

ここは小田原市長の出番です。加藤憲一市長が自らこういった場に出て近隣市町への連携を強く呼び掛ける決意を示すことで事態は大きく動くと思えてなりません。

お金がかかりそうなので手が出せないと思っているとしたらそれは間違いです。大きな構想を打ち上げてそこから知恵を出せば、意義ある取り組みは必ず実現します。