ハンナ・アーレント『全体主義の起源』

2015年に出版された新書のうちで新書大賞第3位に選ばれたのはユダヤ人の女性政治哲学者、ハンナ・アーレントの伝記『ハンナ・アーレント』でした。

アーレントは、20世紀最大の哲学者の一人とされるドイツ人のハイデガーに師事し、そのハイデガーと一時期愛人関係にあったことも明らかになってます。

ハイデガーは第二次世界大戦後、ナチスへの協力的姿勢をことが厳しく批判され、それまで名声に深い影を落としてしまいました。

一方、アーレントはナチスの迫害をかろうじて逃れてアメリカに亡命しアメリカの地でナチスの狂気への分析で高い評価を勝ち得ました。

アーレントの代表的著作が『全体主義の起源』です。1951年に刊行された大著です。人はなぜあの狂気にむったのかを問いかける著作です。

3部に分かれていて分厚く読み解くのは容易ではありません。格好のガイドブックがあります。NHK教育テレビの100分で名著のテキストです。

このテキストを買い求めようと横浜の書店を探したのですが見つかりません。9月に放送されたものですがたいていは売れ残っています。

アーレントへの関心は鎮まっていないと感じました。むしろ新書が大賞の3位になった3年前より高まっているかもしれません。

100分で名著ではアーレントの難解な著書がものの見事にわかりやすく解説されています。金沢大学法学部の仲正昌樹教授のすご業に敬意を表します。

全体主義は異質なものを排除するところから始まります。小池百合子東京都知事が墓穴を掘った「排除」の論理が端緒だというのです。

国民は希望の党を立ち上げて意気盛んな小池都知事が「排除!」と叫んだ時、全体主義の危険なにおいを瞬時に感じ取り未然に防いだのかもしれません。

続いて自民族の優秀さをことさらに強調する思考へと転じ自民族の高揚を高らかに歌い上げる方向へと走り出していきます。

そして特定の人種を徹底して攻撃する次元へと拡大していきます。ナチスはユダヤ人を対象としました。敵がいれば自民族はより一層強固にまとまります。

昨今の日本もトランプ大統領のアメリカも同様な傾向が見て取れます。ヘイトスピーチに象徴されるいぎたない口撃は典型です。

何となく不安に駆られた大衆は冷静な判断は棚上げしてユダヤ人を悪者にする思考にのめり込んでいきました。のちの虐殺の土壌を形成したのです。

ヒトラーの命令にただ従う官僚たちが跋扈しました。命令に従うだけでなくより自発的に過剰に命令に従おうとする傾向が人間にはあるというのです。

大量虐殺を失効し死刑になったヒトラーの親衛隊員アイヒマンの分析を通じてアーレントはそう語ります。我々もいつそうなるかわからないのです。

虐殺したドイツ人の側だけでなく虐殺されたユダヤ人の側にも虐殺を容認し協力姿勢を見せた集団がいることを鋭く問いかけています。

『全体主義の起源』の解説を読めば読むほど背筋が寒くなります。ナチスの狂気は遠い存在ではなくとてつもなく近いところに潜んでいると思えてならないからです。