元静岡県掛川市長の榛村純一さんはまちづくり関係者の間では名前が通った方です。掛川市長を7期務められました。一般の方でもご存知の方も多いと思います。

このところ首長の新年のあいさつについての話が続いていますが更に続けます。榛村さんにはもう一つの顔があります。二宮尊徳研究者です。

掛川市は日本の二宮尊徳研究とその思想を広める運動の中心地です。大日本報徳社といういささかいかめしい名前の本部の所在地です。

榛村さんはその社長を務めていられます。84歳です。生涯現役を目指していただきたい方です。その大日本報徳社発行の「報徳」という冊子の話題を取り上げます。

創刊が明治35年ですから伝統ある冊子です。その巻頭の言葉を榛村さんはこのところ毎号書かれていて平成30年の新年の言葉が載ってました。

自らのまちづくりを振り返っています。題名は「用のあるまち、行きたいまちになるために」です。たまたま立ち寄るのではなく目指してもらうということです。

榛村さんのまちづくりはご本人が述べているように「唯一 最初 日本一」をつくることでした。徹底してらしさにこだわったといっても良いと思います。

どこにもあるようなまちづくりではなく掛川にしかない特色あるまちづくりを展開しようという高い志が出発点です。この情熱がなければ何も始まりません。

そのためにはいの一番に取り組まなくてはならない挑戦する精神を大切にしています。そしてどうせやるならば日本一を目指そうということです。

榛村さんは新年のあいさつの中で今では当たり前になったシャワートイレを道の駅に日本で初めて設置した時の話題を取り上げていました。

国土交通省はぜいたくだと言って補助金を出さなかったのを清潔第一と説得して補助金を獲得したエピソードを紹介してます。今では当たりまえになってます。

ささいな話題のように思えるかもしれませんが細部に徹底してこだわる首長の姿勢の背景には掛川を日本一にして見せるという熱い思いが込めらえているのです。

掛川市は寄付の町です。土地を提供しあって美しい街並みを創る土地区画整理事業という手法があります。土地の提供を「減歩」と言います。

言葉からして減らされるマイナスイメージがあります。榛村さんをそうではなく「貢献率」なんだと言って住民を説得し協力を求めました。

こうした榛村さんの情熱は東海道新幹線の掛川駅建設の時は30億円、東名高速道路のインターチェンジ建設の時も30億円の寄付となって実を結びました。

とてつもない成果です。脱帽以外の言葉がありません。二宮尊徳の教えの中に「推穣(すいじょう)」という言葉がります。譲るということです。

まさにこの教えの通りのまちづくりが掛川市では実践されたのです。財政難が叫ばれる今日、榛村さんの実践は学ぶべき価値があります。

人口減少・少子高齢化、財政難。まちづくりに悩んでいる多くの自治体関係者の皆さんに榛村さんが展開した掛川市のまちづくりを見つめ直して欲しいです。