追悼 野中広務 先生 3
野中広務先生がこの世を去って何が一番残念かと言えば、地方の実情に精通し真に地方のために行動する本物の政治家がいなくなってしまったことです。
野中先生は、2003年11月の衆議院選挙に出馬せず政界の第一線を退かれた後もメディアを通じて積極的に発信を続けていられました。
しかしもはや肉声を聞くことはかないません。地方のために本当に何をなすべきかを熱く語ることができる政治家は見当たりません。
町会議員、町長、府議会議員、副知事を経験されています。地方の政治の裏も表も知り尽くしています。そして中央政界でのし上がったのです。
権力をいかに行使するかについてはこれほど適任の政治家はいません。中央政界だけしか知りませんと上から目線になりがちです。
上から目線とは威張る姿勢と勘違いしてはなりません。ただばらまくことも上から目線と同根です。実情を知らないとバラマキに陥ります。
地方はカネさえまいておけば置けばそれで満足なんだろうという態度は地方に対して無知だからそうした態度が取れるのです。
現代日本の政治は二世、三世が主流をなしてます。権力を握る自民党は全くその通りです。選挙区は地方であっても育ちは東京というパターンです。
地方は恵まれていないのだから要求に盲目的に応えることが地方のためと単純に思い込む傾向に陥りがちです。おねだりと真の要求の見極めができないからです。
野中先生のように実情を熟知している政治家のとる態度は地方の安直なおねだりは決して許しませんし、ばらまけばよいなどという発想は持ちません。
地方に対してもある意味で厳しい態度をとれるからこそ地方側も逆に信頼がおけるのです。自立を促しつつ支援もするという対応です。
地方を知っているからこその政治姿勢です。残念ながら今日の政治家でこうした姿勢を示せる政治家は数少ないと言わざるを得ません。
昨今気になるのは政治経験の乏しい若い政治家がブームに乗って続々と誕生しています。中央、地方問わず政治を知らないまま登場し権力だけは握る場合があります。
これは最もたちが悪いです。威張りまくる姿勢だけが身についてしまうからです。秘書に暴言を吐いたうえ殴ったりして落選した政治家もいるぐらいです。
エリート官僚のキャリアを持っているのにと思われるかもしれませんが立派なキャリアがあるから実際の政治の現場で適正に権力を振るえるとは限りません。
地方の現場で地方の実情を知るとともにいかに権力を振るうべきかを身体にしみこませる体験を持つことが本来ならば最高の政治家教育です。
そうした教育を受けていない若い政治家が偉そうに政策を語り自らの意見に賛同するならばお金を付けるなどということになったら地方は悲劇です。
地方の実情を知らずに頭でっかちの状態でとってつけたかのような政策を繰り出したところで画に描いた餅に終わるのがせいぜいです。
野中先生のような地方での豊富な政治体験に基づき中央政界で辣腕をふるうことができる政治家が存在しないことは日本の政治の致命的欠陥の一つです。