足元の歴史は知っているようで知らないことがたくさんあります。私自身がそうでした。町長になって初めて町の名前が中国儒教の古典『易経』にある「開物成務(かいぶつせいむ)」であることを知りました。

小学校の名前を町の名前に付けたことはおぼろげながら知識としてありました。中国の言葉で「人知を開発して世の務めを為す」すなわち教育を意味する言葉であることは全く無知でした。

1882年、明治時代に最初の小学校を設立した際に中国の古典から小学校の名前をとるのは相当の教養人がいられたんだと感心しきりでした。足元の歴史を知ることの大切さを実感しました。

自分が出た中学校の名前「文命」が中国の治水の神様だということを知った時は、驚きのひとことでした。知識は全く皆無でした。郷土史研究家の皆さんのおかげでした。今思うと何たる無知だったかと恥ずかしいです。

近くを流れる農業用水「文命用水」から名前をとったということは聞いてました。しかし、1707年の富士山の宝永噴火後の大洪水後の治水工事を完了した後、中国の治水神「文命」を祀ったなんて思いもよりませんでした。

そこから神社の名前となり土手の名前となり農業用水の名前となり中学校の名前となったのです。中学校名のルーツは今から4000年前の伝説の皇帝でした。中国との結びつきを感ぜざるを得ません。

バレンタインの日の14日付の神奈川新聞に「新住民に地域史を」という記事が掲載されてました。神奈川県相模原市の橋本地区の郷土史研究者らが地域の歴史や遺跡を知る郷土資料集などを改定・復刻させたという内容です。

橋本地区と言えばリニア新幹線の駅ができ新たな発展が期待される地域です。新しい住民がふえるということを踏まえての取り組みだと思います。橋本公民館の活動と連携したと書かれていました。

素晴らしい活動だと思います。新しく住まわれる方々に足元の歴史を知ってもらうことで新住民の皆さんの地域への愛着も増すことは言うまでもありません。関心を持った方が郷土史を学ぶきっかけともなります。

記事を読んで新しい住民が増えている開成町でも同様の取り組みを強化して欲しいと思いました。開成町には「足柄の歴史再発見クラブ」という民間団体もあります。連携して取り組める環境が整っているからです。

開成町の地理の特色や災害の歴史を知ることはいざという時に役立ちます。江戸時代の初め平野を形どった主要河川を人工的に曲げて用水路を張り巡らせて水田にしたことでお米を増産させました。

1955年町村合併で開成町が誕生した後は長期的な都市計画を立てて田園風景の美しい景観を守りながら開発を進めてきました。開発一辺倒ではなく計画性をもってまちづくりを進めたところに特色があります。

こうした町の歴史を新しく住まわれた方々が知ることで開成町のできた由来を知り、何を守り後世に伝えて行かなければならないかを理解することになります。そして開成町を愛してもらえるようになります。