中国の治水神・禹王(うおう)が富士山を源流の一つとして神奈川県西部を流れる酒匂川の治水の難所を始め全国各地に遺されています。

この事実を探求している治水神・禹王研究会という民間の研究グループがあります。『治水神禹王をたずねる旅』という著書を出版した二人が中心です。

開成町在住の郷土史家の大脇良夫さんと佛教大学を退官された植村善博さんの二人です。毎年京都で総会を開き充実した研究誌を発行しています。

今年発行の第5号にささやかな研究論文を投稿しました。「禹王研究の現代的意義についての一考察―現代の禹王の創造を目指して―」という題です。

論文ですので少々いかめしい名前となってしまっているのはご容赦ください。要は、躍進し強大化する中国という国家の神を学ぶことを見つめ直した論考です。

近年の中国の躍進と国際的存在感の高まりは著しいものがあります。時代は完全に変わりました。この事実から目を背けることがあってはなりません。

こうした時代の日中関係を考えるうえで文化は重要な要素です。日本と中国の文化的結びつきは極めて深いものがあるからです。

文化を切り口にして新時代の日中関係を創り上げる取り組みはできないかと考えました。その具体的なテーマを禹王にしたのです。

禹王は、中国の農村地域にあっては素朴な守り神です。寝食を忘れ治水に取り組む治水の優れた技術者でありその功績により治水神として尊敬を集めました。

中国という国家にとっては偉大なる中華民族の祖であり中国最初の王朝を構築した伝説の皇帝です。人徳に優れ徳によって治める王道政治の実践者でした。

このように禹王はその捉え方により多様な側面があることに着目しました。このうちをどの側面に光を当てるかによって禹王の表情は大きく異なります。

素朴な守り神としての禹王に関心がある研究者は、広大な中国のそれぞれの地域の祭祀の在り方や周辺諸国での祀り方との差異に関心が集まるはずです。

禹王は、柔軟な治水の考え方をとったと言われます。現代に通用する要素を持ってます。治水技術者としての禹王研究はこうした側面に力を注ぐでしょう。

治水神として捉えるのならばそれぞれの地域の治水の歴史と禹王が祀られた経緯についての歴史的探究が研究の柱となるはずです。

偉大なる中国という側面から禹王を捉えようとすれば躍進する現代中国の基礎を作った人物の象徴として禹王を捉えることでしょう。

徳に優れた王道政治の実践者としての禹王研究に関心があるのならば王道政治の持つ現代的な意義を探り伝説の人物としての禹王に関心を持つでしょう。

私が懸念しているのは、現代中国の強大化を背景に偉大なる中国の祖としての禹王という側面が強調される傾向が強まることです。

しかし、禹王は多様な顔を持ち異なる特色を持っているのです。決して一色に染めることはできない存在です、だからこそ偉大なのです。

日本と中国の禹王に関心を持つ研究者が多様な顔を持つ禹王を多角的に研究し新たな禹王イメージを創造することこそ禹王研究の現代的意義があると思います。