今日を含めて3回連続で禹王について書きます。ご容赦ください。先週の17日の土曜日の朝、「治水神・禹王研究会」の会長の大脇良夫さんが立ち寄られました。

冊子を届けに来たとのことでした。ちょっと拝見するとオールカラーで25頁の立派な出来栄えでした。禹王の展示会の案内でした。

大脇さんと佛教大学を定年退官した植村善博さんの二人が中心となって京都の立命館大学、歴史都市防災研究所で災害文化遺産展を開催中です。

正式の名称は「日本の禹王遺跡と治水神・禹王信仰展」です。大脇さんらが積み重ねてきた10年余りの研究成果のエッセンスがわかるようになっています。

頁をめくりますと立命館大学歴史都市防災研究所の大窪健之所長が「災害の歴史や文化に着目した歴史災害研究」が研究所の特色の一つだと述べています。

また、大脇さんは、中国最初の王朝「夏」の創始者禹王は、日本で治水神として信仰され明治以降はその名が治水の竣工記念碑などに使われたと紹介してます。

展示を行う趣旨が明確にわかります。日本に伝わりいささか忘れされれてきた禹王文化に光を当て直し災害文化遺産として展示しようという試みです。

3頁からは中国全土に及ぶ様々な禹王遺跡の数々、続いて台湾の禹王遺跡が写真付きで紹介されています。本土と台湾の禹王は様相が異なることがわかります。

続いて日本の禹王遺跡に移ります。日本の禹王遺跡は大半が石碑に刻まれた形態です。沖縄と朝鮮半島の禹王遺跡も紹介されています。

10頁からは研究報告です。歴史史料に残る日本最古の禹王遺跡は、13世紀鎌倉時代に京都鴨川の治水工事のあとほとりに建立されたとされる遺跡です。

京都で忘れてはならないのは京都御所の「大禹戒酒防微図」です。身を律するために酒を断ったとの逸話を襖絵にした江戸末期の作品です。

(露木順一撮影)

京都御所の禹王遺跡はこれからもっとその価値が高く評価されると思います。治水に関連した遺跡ではなく聖人君主としての生きざまを伝えているからです。

そして木曽三川、木曽川、長良川・揖斐川が形作った濃尾平野地域の禹王遺跡です。水害の常襲地帯ですので治水神としての禹王信仰が篤い地域です。

岐阜県海津市には禹王の木像があります。冊子の表紙にもなっています。貴重です。中国本土のように巨大な禹王像とは似ても似つきません。日本の文化です。

最後は私の故郷神奈川県西部を流れる酒匂川の治水の難所にある文命遺跡です。司馬遷の史記に「夏の禹、名を文命という。」と記されています。

しかし「文命」という名を使った遺跡はここだけです。堤防や農業用水の名となり中学校の名前にまでなりました。中国との深いつながりを感じます。

中国の治水の功労者で聖人君主の象徴である禹王が日本で根付きその文化を独自に発展させてきたことがわかります。中国と日本の共通性と違いを感じ取れます。

展示は5月16日まで立命館大学歴史都市防災研究所1階の展示ルームで行っています。平日開館とのことです。京都に行かれたらぜひお立ち寄りください。