14日午前11時より元自民党幹事長、元内閣官房長官の野中広務先生を偲ぶ会が京都駅前のホテルで開かれました。3000人の参列者だということです。

妻と2人で10時過ぎに会場に到着したので主会場に入ることができました。入れなかった参列者は別の会場で映像を見ての参列ということになりました。

式典の実行委員長でもある自民党の二階俊博幹事長が式辞を述べました。弱者と地方にささげた政治生活であったことを強調してました。

安倍晋三内閣総理大臣が追悼の辞を述べました。野中先生の身を挺しての直言について「平和の番人の持つすごみ」と表現していました。

異彩を放っていたのは謝辞を述べた元衆議院議長の伊吹文明さんでした。野中先生と同じく京都が選挙区ですので地元政治家の同志との立場もありました。

単なる御礼の言葉を越えて政治的意味合いを込めているように受け止めました。まず、野中先生の政治信条について端的に語り出しました。

与えられた権力を思い込みの下で行使することに厳しく対処する「情の人」だと称しました。その典型的事例について共産党京都府政との闘争をあげていました。

1958年から7期28年続いた盤石の共産党の京都府政に対し野中先生は敢然と戦いを挑み府政を保守系へと転換を果たしました。

追及の矛先はいわゆる闇専従問題だったことを紹介してました。勤務時間中に組み合活動を公然と行っていたことを厳しく追及したのでした。

伊吹さんは野中先生の過去の活躍について触れていましたがその矛先は現在の政治状況に向いていたと思えてなりませんでした。

「権力を思い込みで行使する」との言い回しは安倍総理の強引ともいえる官邸主導の政治を遠回しにけん制したように私には感じ取れました。

「情の人」との表現は、野中先生は愛情を持って安倍総理に警告を発しているので重く受け止めて欲しいとの伊吹さん流の警告だと思いました。

安倍総理自身がどう受け止めたかはうかがい知れません。昨今の政治情勢が荒れだしていることを証明するかのような謝辞の言葉だと私は思いました。

途中、野中先生が独特の甲高い声でほとばしる情念を訴えている映像が流れました。参列者が必至で涙をこらえむせび泣く様子がわかりました。

男性の参列者が圧倒的でした。年配の方も多かったです。そうした面々を涙させる野中先生との真剣勝負の触れ合いが目に浮かびました。

野中先生はどれほど圧倒的権力を有している相手であっても怯むことなく立ち向かっていきました。この胆力と信念の強さには驚嘆します。

1990年代初め自民党にあって金丸信さんの後ろ盾で絶頂期にあった小沢一郎さんの権力的政治手法に敢然と反旗を翻したことがありました。

小沢さんに逆らうことは地位を失うことを意味していました。しかし全く臆すことはありませんでした。政治記者だった私は凄みに背筋が伸びました。

激烈な政治闘争の相手方であった小沢一郎さんは偲ぶ会に参列し献花していました。政治は義理と人情のドラマであることを示していると思いました。