「7月7日は何の日ですか?」と聞けば、ほぼ全員が「七夕。」と答えるでしょう。しかし、この日は日中関係を考える大切な日です。

1937年7月7日中国北京市郊外の盧溝橋で発砲事件が発生しそれがきっかけとなり日本と中国は日中戦争へと突入しました。

事件は日本で起こったのではなく中国大陸で起こったという事実を日本人は直視すべきです。中国人ならどう思うでしょうか。侵略と思うのは当然です。

7月7日が日中戦争の端緒だと熟知したうえで元中国大使の丹羽宇一郎氏を招いて日中関係を考える催しが神奈川県藤沢市でありました。

主催したのは、立憲民主党神奈川の代表の阿部知子衆議院議員です。7月7日の持つ意味を十二分に考えて集会を持ったとあいさつしていました。

最初に朝鮮半島情勢について言及しました。先行きについて楽観視していませんでした。核廃棄をめぐっての矛盾点について着目していました。

アメリカは北朝鮮の非核化と言い、北朝鮮は、朝鮮半島の非核化と主張しています。この食い違いはそう簡単に解消しないというのが丹羽氏の見方です。

日本の懸案拉致問題の解決は、首脳同士の直接対話しかないと断言してました。しかし金委員長の日本に対する悪感情が底流にあります。

こちらも簡単ではありません。丹羽氏は中国に対し問題解決に向けて協力要請しなければならない事態もありうると見てました。

日中関係の改善に向けての丹羽氏の手法は極めて単純でした。双方の国民がそれぞれの現在の国を直接観ることしかないということです。

日本人にとって躍進する中国の現在の姿をあるがままに受け止めることがなにより大切です。見下していた中国は全く様相を異にしてます。

経済力や軍事力は完全に日本を圧しています。それだけでなく科学技術力も科学技術者数の数では中国が世界一に躍り出ました。

事実を直接よく見て今後の日中関係を考える必要があります。日本の良さとは何かを考え直す必要があると丹羽氏の議論は展開していきました。

誠実さ、まじめさ、といった日本人の特性は誇るべき優れた要素だと国際商社マンだった丹羽氏は主張していました。

優れた特性を維持し日本の今を中国人に見てもらう必要があるということです。優れた特性が廃れてきているかのように見えるとも付け加えていました。

会場から質問がありました。日本人残留孤児を受け入れてくれた中国人の心は今なお健在なのかという鋭い質問でした。

直接の答えはありませんでした。私は健在であると確信してます。地方の農村部には間違いなく残ってます。昨年の8月の訪中で実感しました。

農村部の皆さんの底抜けの人の好さ、私たちを心底から歓迎してくれました。この人の好さが残留日本人を受けれてくれた中国の心だと思いました。

丹羽氏の提起は日本人に対し中国に対する色眼鏡を外し躍進中国という時代を受け止めて日本として同進路を定めるか問い直せということです。

中国の現在をありのままに受け止める態度が身に着かず日本が過去の幻影にすがっていては日本は置いて行かれると警告していると思いました。