横須賀の未来をどう拓く。

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横須賀市議会議員2期目の小林伸行さんを神奈川大学の講義のゲストティーチャーに迎えました。42歳、現役バリバリの方の話は新鮮でした。

私よりちょうど20歳下。学生にとっても自分たちの世代に近いので親近感が違います。ちょっと年上のお兄さんという感じでしょうか。

小林さんはパソコンを使ったプレゼンテーションが得意です。政策のプレゼンテーションを競うマニフェスト大賞も受賞したこともあります。

若者へのアピールを考えたときパソコンを駆使して画像で理解を求めることは不可欠な要素です。小林さんは街頭演説にも応用してるとのことです。

小林さんの講義のポイントは人口減少に悩む横須賀市をどのように導き未来に希望が持てるようにするかでした。難問です。

100人ほどの学生に小林さんは横須賀市と逗子市、どちらの方に住みたいと思いますかと質問しました。圧倒的に逗子市でした。

逗子市は太平洋戦争の時の合併で戦時体制を作るため横須賀市に強制合併されました。戦後に逗子町として独立を果たし1952年に市に昇格しました。

結果としてこの選択は大成功でした。湘南のイメージ、人口も増えて住民税も豊かな代表的まちとして発展を遂げたからです。

一方横須賀市は、軍都の歴史を抱え戦後は軍需産業の壊滅で人口が36万人近かった人口が20万人余りに激減しました。

その後高度成長時代、バブル経済の繁栄期を経て1990年代には43万人まで増加しピークを迎えました。その後は長期低落が続いています。

今年2月に40万人を割ったことが市より発表されて大きな話題となりました。首都近郊の著名な都市がどうしてかという驚きです。

小林さんは基地のイメージが人口減少を加速させていると見ていました。面積的には市域の6パーセント余りですがイメージは強烈です。

在日アメリカ軍の第7艦隊の母港です。海軍カレーとかネイビーバーガーを売りにして軍都のイメージを逆に強めている動きもあります。

小林さんは、軍都横須賀のイメージを抜本的に変えるための思い切った政策が必要だとして合併も選択肢の一つと話していました。

しかし仮に合併しても在日アメリカ軍基地がなくなるわけでもありません。表面的なイメージを転換するための手段に過ぎないところが弱いです。

最後に露木さんならどうしますかと問われました。私は基地のない横須賀構想を描き30年、50年の長期計画で実現をするしかないと答えました。

私の地元の開成町はそのようにして今日の人口増加を導きましたのでその手法の応用を念頭に置いて答えました。手品は無理ですから。

横須賀は、神奈川県で鎌倉、横浜、箱根に次いで全国的なブランド力が高い都市です。このブランド力を活かさない手はありません。

イメージの転換は、基地のない暮らしやすいまちを目指していることを強力にアピールするしかないと思います。王道を歩むべきです。

小林さんのように現役バリバリ世代の優秀な方が基地のない暮らしやすい横須賀のまちづくり構想を練って、いずれは市長に挑戦して欲しいです。