全国報徳サミット、”実践”が主題へ。

13日、小田原市民会館で第24回全国報徳サミットが開かれました。1100人の大ホール、7割がた埋まってました。

二宮尊徳の教えが色濃く残っている北関東地方や静岡県、生家のある小田原市周辺の市町の関係団体が参加してました。

基調講演は、報徳二宮神社の宮司の草山明久さん。報徳思想というよりも地域振興の実践者としての講演でした。

草山さんは地元のミカンを活用した新たな食品開発など農業と商工業の連携事業を実際に手掛けられてます。

報徳サミットは節目を迎えました。道徳、思想として「報徳」ではなく「実践」重視へと舵が切られようとしたからです。

今回の実行委員長である加藤憲一小田原市長も「実践」に言及していました。明らかに大きな変化です。

報徳サミットは元静岡県掛川市長の榛村純一さんがけん引してきました。榛村さんは今年3月83歳で急逝されました。

その榛村さんは、『よみがえる二宮金次郎』という著書で日本の国土計画の立役者、故下河辺淳さんとの対談を行ってます。

下河辺さんが報徳サミットで発表される関係自治体の宣言を手厳しく批判しています。

「ひとごとのような宣言になっていますね。自分が背負い込んで解決しようというようなものになってません。」

「首長さんたちが気づいた危機を整理しただけで解決しようという匂いがありません。」

「参加者全員に『私はこうする』ということを一行だけ書いていただき、それを収録してみたらどうでしょうか。」

1997年、栃木県日光市で行われた第3回報徳サミットの宣言について語った感想でした。

「21世紀型の地域づくりを進める」「地球80億人時代における、資源、環境の危機に対処する」などと書かれています。

こうした美しい文章に対し本当の本気でやろうとしているのですか、実践する気はあるのですかと問うているのです。

下河辺さんの痛烈な批判の言葉が発せられてから21年が経過して、ようやく「実践」が主題に浮上しました。

随分と時間がかかりました。しかし、今年の宣言においても「実践する」というリアルさは今一つでこれからです。

全ての文章が「努めます」で結ばれています。「努める」のと「する」のは全く違います。

「努める」という言葉には「一生懸命頑張ったがまだできない」という言い訳が込められています。

「する」と断言して初めて責任が明確に生じます。来年の25回目の報徳サミットでは「する」と断言する宣言にすべきです。

最後に首長の経験者として苦言を呈したいことが一つあります。首長のパネルディスカッションについてです。

パネリストの首長は6人登壇されました。コーディネーターは加藤小田原市長が務めました。

6人のうち4人の方は就任間もないか1年ほどの方でした。未経験ということもあるでしょうが内容が乏しすぎます。

皆さん「これから勉強します。」見たいな発言で正直いかがなものかと率直に感じました。

首長は、就任したその日からプロの自覚がなければならないことは言うまでもありません。甘えは許されません。