私たちが中国から帰国すると同時に日中関係に大きな動きがありました。安倍総理大臣が中国訪問し首脳会談を行いました。

習近平主席との会談で競争から協調関係の構築など3原則で合意したと報道されました。

しかし、アメリカからの圧力にさらされれば日本はアメリカ寄りの姿勢に転じざるをえないのが日本外交の悲しい現実です。

両国が協力関係を確認してもその合意は、アメリカの対応次第で揺らぐ脆弱さを持ち合わせています。

このような日中関係の現実をしかと受け止めたうえで良好で持続的な関係構築は可能かが問われてます。

一時の利害得失で近づいたり離れたりではなくもっと本質的な日中関係の議論が必要なことは言うまでもありません。

日本と中国は一衣帯水との表現が使われることがあります。その基礎をなすのは他国にはない文化的なつながりです。

漢字であり、儒教であると言い換えても良いと思います。この基礎があるからこそ日本と中国は一衣帯水でした。

特に儒教は国家の指導原理の位置を占めましたので外交政策そのものへの影響も絶大だったと言って良いです。

江戸時代までの中国とのつながりは明治維新以降の脱亜入欧政策で大きく変ぼうを遂げました。

多くの有識者の教養の基礎をなしてきた儒教は後景に退き代わりに欧米の近代学術文化が押し寄せました。

その怒とうのような流入は戦争中の一時期を除き現代まで一貫して継続していることは誰しも否定できません。

日中関係を考えるとは、明治維新以降150年間続けてきた国家方針を捉え直す歴史的な視野を持つことです。

脱亜入欧政策を見直し明治維新以前の日中関係を再評価し今後に活かして行くという視点にほかなりません。

長期的に安定した日中関係を構築するためには表面的な議論ではなく本質に迫る骨太の論議をすることが必要です。

20日、21日と国際二宮尊徳思想学会に参加してみて報徳思想の基礎の一角は儒教であることを再認識しました。

同時に日本の方が儒教の持つ意味を今なお学び活かそうとしている伝統が残っているとの印象を持ちました。

本家本元の中国は経済発展に注力するあまり儒教の教えである道徳的要素を置き去りにする傾向が強いと思いました。

日本はかつて教養の基礎をなし道徳の指針となってきた儒教を評価し直し中国に対し逆に問題提起すべきだと思いました。

その具体的で実践的な思想として取り上げるべきは二宮尊徳の報徳思想だと私は確信します。

今なお全国各地に信奉者がいますし実践的な取り組みをしている結社も存在しているからです。

儒教を基礎の一角となす道徳的な実践思想が息づいていることを中国に広めることは現代日本に対する見方を変えます。

中国からの訪日客は、日中関係の改善により増加傾向となるでしょう。日本の中の儒教文化と実践を観てもらうべきです。

二宮尊徳の報徳思想と実践を見てもらうことにほかなりません。上辺でない文化観光にもつながります。

来年は習近平主席の訪日があるとのことです。儒教を基礎となる報徳思想とその実践を実際に観て欲しいです。