私は、「日中歴史文化交流センター」というだいそれた名前の一般社団法人の代表理事として活動してきました。

2013年5月に中国河南省安陽市の世界文化遺産、殷墟で開催された「日中青少年書画展」に参加しました。

河南省は、神奈川県西部を流れる酒匂川に遺跡が残る治水神・禹王の生まれ故郷ともされています。登封市です。

登封市と交流を進めることができればという思いもあって新たな民間団体の立ち上げに進みました。

2014年の2月に準備会のパーティーを横浜で行い5月に最初の総会を同じく横浜で開催いたしました。

神奈川県に残る様々な中国関係の遺跡を掘り起こして中国友好団体間の交流を盛んにしようと思いました。

同時に中国との文化交流、とりわけ禹王の故郷、登封市との交流を進めようと活動を開始しました。

小田原市が保有するバスを借りて横浜方面の方々に足柄地域に残る禹王遺跡を見学するツアーを企画したりしました。

2015年5月に開成町で開催された第七回東アジア文化交渉学会には登封市より禹王研究者を招待しました。

この後、会の事務局長が交通事故にあわれ会の運営に支障が出たりしたこともあり活動が鈍ってしまいました。

5年間で何かけじめとなる活動をしようと昨年8月に訪中に踏み切りました。北京市、河南省安陽市と登封市を訪問しました。

ちょうど日中国交正常化45周年記念の年でしたのでその記念行事に位置づけて実施することができました。

加藤憲一小田原市長も同行し訪問した各地域と日中友好の活動ができたことはけじめとなり感謝しています。

中国訪問が終了したあと今年の5月には小田原で日中青少年書画展が行われ側面支援もすることができました。

今後の会の運営に思い悩んでいたところ鎌倉で日中友好に取り組んでいる方より声がかかりました。

小田原での活動がひと段落着いたのであるのならば鎌倉で活動を引き継ぎ発展させていくのはどうかとの提案でした。

願ったりかなったりの話しで二つ返事で了解しました。今月17日に総会を開き引き継ぎ案件を全会一致で了承されました。

私は代表理事から降りることになり鎌倉の方に全てを引き継ぎました。肩の荷が下りてほっとしました。

鎌倉は中国関連の遺跡の宝庫です。建長寺を開いたのは蘭渓道隆、円覚寺は、無学祖玄、いずれも中国からの渡来僧です。

日本画の巨匠でシルクロードの名画で知られる、かの故平山郁夫画伯が住まれていたのは鎌倉です。

鎌倉市ではこの縁もあって中国の敦煌市と友好都市となって交流を進めており松尾崇市長も昨年中国を訪問しています。

松尾市長は鎌倉に拠点を移した日中歴史文化交流センターの活動に関心を寄せているとのことで心強いです。

「日中歴史文化交流センター」がその壮大な名前に負けない立派な活動をされていくことを心より祈念しています。

もちろん私もできる応援は致します。日本と中国の民間文化交流は両国の友好にとってなくてはならない柱ですから。